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トンチンカンな左派マスコミ

2015年05月10日 公開
2023年02月01日 更新

髙橋洋一(嘉悦大学教授)

消費増税の負の影響を正しく伝えるべき

 日本のマスコミは2%の目標未達の理由に消費税を挙げていないが、じつはそれは黒田総裁も同じである。今年4月8日の会見では「消費税の影響で実質雇用者所得が前年比でマイナスになっていたが、この春から影響はなくなる」と語った。雇用者所得への影響にとどまり、消費税が2%未達の原因とはいわない。これも不可解である。原油価格の変動や「金融緩和の効果がまだ波及していないから」という理由では、根本的な説明にならない。消費税の増税が与える負の影響を正しく伝えるべきだろう。

 おさらいすると、消費税を8%にした直後、2014年5月の「消費水準指数」は対前年同月比でマイナス7.8%になった。東日本大震災が発生した2011年3月のマイナス8.1%以来の落ち込みで、最近33年間における最悪のマイナスが2011年3月だから、2番目に悪い数字である。まさに甚大な被害以外の何ものでもない。

 マスコミの日銀批判に対して「消費税の増税が原因だ」「なぜ雇用が改善した事実を伝えないのか」という反論を日銀自身がすべきであり、証拠に基づく反証がなければ、マスコミとのあいだで延々と議論にならない応酬を重ねることになる。

 ただし、市場関係者のなかに今年4月中の追加金融緩和を求める声があったが、これは株を買っている人のポジション・トークにすぎない。2015年4月時点で、日本の経済状況に追加の緩和を必要とする何らかの変化はなかったからだ。「あと一押し、金融緩和で株価を上げてもらいたい」という投資家の願望である。たしかに株価は景気を先取りする先行指標の一つであるが、金融政策の究極の目的はあくまでも雇用だから、これも本筋を見失った話だ。

 

給付付き税額控除が最も簡単

 以前から筆者が指摘しているように、消費増税による悪影響を払拭するためには、増税分を減税する「消費税の減税」を行なうのが最も正しい解だ。次善の策は、増税したぶんを他の景気対策で補うことである。

 その次善の策について、経済学者がさまざまな自説を唱えている。ただし、そのアイデアが現実の政策となる前にはいくつも条件がある。

 たとえば、今年3月に日銀審議委員に就任した原田泰氏(早稲田大学特任教授)は、国民に一人当たり7万円の基礎的収入を配るベーシック・インカム(BI)を主張している。格差対策や生活保護についていうなら、世界の趨勢はベーシック・インカムというより「給付付き税額控除」である。低所得者に対しては、消費税負担の増加分を何らかの補助金で支援するのが理屈上、正しい。そのためには給付付き税額控除が最も簡単な方法だ。

 これは「負の所得税」と呼ばれる発想から生まれた政策の一つで、低所得者に対して税額控除しきれなかったぶんを一定割合、現金で払う制度である。欧州など消費税の先進国では、軽減税率の代わりにこの給付付き税額控除を行なっている。ちなみに日本の新聞は、紙面のなかでは財政破綻を言い募り、消費税の増税を主張しながら、新聞の利益になる軽減税率はちゃっかり政府に嘆願していた。業界のエゴである。

 給付付き税額控除を正確に行なうには、所得と資産の捕捉を徹底しなければならない。そこで生きてくるのがマイナンバー(社会保障と税の共通番号)である。給付付き税額控除は、フローの所得で最低限の保障を賄うことだから、当人が働いて得た所得からはいくらか差し引かなければいけない。

 この引くぶんを割り出すのが一苦労で、一律に現金を給付するには、各人がどれだけ働いて収入を得ているかを正確に把握しなければいけない。ベーシック・インカムの発想も、マイナンバーがなければ絵に描いた餅に終わるだろう。

 日本では、2015年10月からマイナンバー制が開始予定である。市区町村が住民に通知し、日本に住むあらゆる人に12桁の個人番号が割り当てられる。2016年から国や地方自治体、健康保険組合が「社会保障」「税」「災害対策」の三分野について個人情報を管理できるようになる、という。

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著者紹介

高橋洋一(たかはし・よういち)

嘉悦大学教授

1955年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科、経済学部経済学科卒。博士(政策研究)。1980年、大蔵省に入省。理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣参事官などを歴任。2008年、退官。著書に、『日本人が知らされていない「お金」の真実』(青春出版社)ほか多数。

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