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「宗主国なき植民地経済」の没落ーー米中の意外な共通点とは?

2015年10月29日 公開
2016年11月11日 更新

増田悦佐(評論家)

アメリカが頭脳労働、中国が肉体労働を担う

 さて、しかしながらというべきか、だからこそというべきか、宗主国なき植民地経済では、どんなに悪辣な手段を弄しても巨額報酬を獲得した人間こそ立派な人物だという評価、つまりは臆面もない拝金主義がまかり通る。アメリカと中国は、表面的な思想信条を見ているかぎりほぼ両極端の国々だ。にもかかわらず、アメリカが頭脳労働を担い、中国が肉体労働を担うというかたちでの製造業の国際分業をあれほど親密にやっていけるのも、この拝金主義という裏の思想信条においてはぴったり息が合っているからだ。

 しかし、その結果はどうだろうか。アメリカにおける製造業就業人口の慢性的な減少と生活水準の低下であり、中国では工場やオフィスビルの周辺に文字どおりの物理的なセーフティネットを張り巡らさないと飛び込み自殺が絶えないという悲惨な労働環境の両立なのだ。

 ここでアメリカの名誉のために、独立直後からほぼ一貫してひとにぎりの利権集団だけがボロ儲けをするが、庶民は悲惨な暮らしに甘んずる国でなかったことだけは、はっきりさせておく必要があるだろう。下のグラフをご覧いただきたい(図2)。

 さて、1940〜60年代は庶民の所得ばかりが増え、大富豪の所得が伸びない時期であり、1980年代以降は大富豪の所得ばかりが伸びる時代になってしまった最大の理由は何だろうか。1940年代にはすでにアメリカが世界経済の覇権国家であったし、いまなお覇権国家でありつづけているという大情況に変化はない。だが、それに続く第2の経済大国の座には、様変わり的な激変が起きていた。

 1940〜60年代は、ともに植民地として支配されたことのないドイツと日本が第2位の座を争い、結局日本が第2の経済大国となる過程だった。そこでは、典型的なガリバー型寡占業界だったアメリカの自動車産業でさえ、最初はドイツ車、そして最終的には日本車の侵攻によって、GMの圧倒的な優位が掘り崩され、さまざまな業種でのガリバー型寡占の地位が揺らぐという健全な変化があった。その結果、アメリカ国内でも平均的な勤労者の給与・賃金が上がり、大富豪の所得は横ばいという時期が続いていたわけだ。

 1980年代以降は、日本の高度成長が減速に転ずる一方、中国の経済的地位が高まり、ついには中国が世界で第2位の経済大国にのし上がる過程だった。こうして、世界の経済大国2カ国が双方とも宗主国なき植民地経済だという異常事態が成立してしまったわけだ。そして、製造業におけるアメリカの頭脳労働、中国の肉体労働という役割分担が定着するとともに、過剰な国内投資のために中国が買いあさる資源を売った資源国の収益をアメリカでの投融資に還流させることによって、アメリカの金融業が高収益産業に変身し、ますますアメリカ国内の貧富の格差も拡大した。

 今般の山口組分裂騒動でもわかるとおり、大親分と代貸しが同じ系統、しかもかなり偏向のある系統出身者で占められてしまうのは、やはりまずい状況なのだ。その結果、米中2カ国のみならず、世界中に刹那的拝金主義が蔓延してしまった。

 

第2次世界大戦の敗戦国は所得分配が下に手厚い

 こういう主張をすると、必ずといっていいほど「あまり能力も高くない人間を優遇していたら、経済成長の妨げになる」といった反論をする人が出てくる。だが、実証研究の結果は、むしろ正反対だということを示している。それがわかるのが、G7と呼ばれる先進諸国の所得水準で下から90%の人たちの所得が、第2次世界大戦後どのくらい伸びていたかを示す、上のグラフだ(図3)。

 このグラフは、基本的に第2次世界大戦の敗戦国は、戦後ほぼ例外なく下に手厚い所得分配をするようになったことを示している。これは、政策的に下に手厚く分配をしたというよりも、敗戦国では自国を戦争に導いた知的エリートたちの権威が失墜し、平凡な庶民が自分たちの思いどおりに働くことができるようになった結果、経済成長率も高まり、国民経済を構成する人びとのほとんどに、その成果が行き渡ったという要因が大きかったのではないだろうか。

 1990年代以降の日本経済は低成長からゼロ成長へ、そしてときにはマイナス成長へと転落していった。これはまた、日本経済における下から90%の人びとの所得分配率がどんどん低下していった時期でもあった。経済効率についてまちがった観念をもった政策担当者たちが、「経済が減速している時期には、下に厚い所得分配などというぜいたくはできない」という理屈で、賃金給与を抑制させつづけたからではないだろうか。

 なお、このグラフをご覧になって、「戦勝国であったフランスも下に手厚い分配をしているじゃないか」とおっしゃる方もいるかもしれない。だが、選挙で選ばれたフランスの正当な政権担当者たちは、開戦直後にナチス・ドイツに降伏し、枢軸国側で戦っていたのだ。フランス人で連合国側についたのは、共和国軍から脱退して自由フランス軍を名乗ったドゴール将軍率いる将兵と、勇敢にレジスタンスを展開したごく少数の人びとにすぎなかった。だから、戦後はフランスでもとくに正統政府を支持しつづけた知的エリートの権威の失墜は激しかった。

 ところが、アングロサクソン系の戦勝国は、ほぼ一貫して上に厚く下に薄い所得分配を続けていた。そして、この所得分配の差は、ほぼそのまま年率平均でのGDP成長率の差となっている。つまり、敗戦の結果として社会の上層にいた人たちの権威が失墜し、所得分配が平等化した国ほど成長率は高まり、上層にいた人たちの権威が失墜せず所得分配が不平等性の高いままだった国ほど成長率は低かったのだ。

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