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消費税率10%を既成事実化する財務省の「見せ球」に騙されるな

2015年11月28日 公開
2016年11月11日 更新

高橋洋一(嘉悦大学教授)

「新・3本の矢」の正体は1本のみ

 

 安倍首相は2015年9月24日、自民党総裁再任後の記者会見で「強い経済」「子育て支援」「社会保障」の「新・3本の矢」を掲げ、名目GDP600兆円を達成する、という目標を打ち出した。

 この「GDP600兆円」という話と比べて、野党・民主党が国家公務員の20%削減を訴えたときは、失笑を禁じえなかった。国家公務員を20%減らしても、得られる削減効果はせいぜい1兆円止まりだろう。あまりにスケールが違うのではないか。マクロ経済の視点が欠けているうちは、どの党と提携しようと政権に就く望みは薄いので、諦めたほうがいい。その点、最近では中山恭子氏が党首を務める次世代の党のほうが金融政策の効果や消費増税の悪影響について、よほど深く理解している。

 政治家としては「GDP600兆円が達成できれば、公務員の皆さんにもおこぼれが回りますよ」と囁きたくなるのが人情だし、「子育て支援」や「社会保障」の充実も「強い経済」が実現すれば、あとから付いてくる類のものだ。

 だからこそ安倍首相も内閣改造時に「経済最優先」と述べたのであり、もとより第2次安倍内閣の発足時から安倍首相は経済を重視してきた。安全保障への関心が高いと見られる首相の政策としては意外に思われたが、それは「経済を立て直さないと安保はできない」と知っていたからである。

 いずれにせよ、「新・3本の矢」の本質は1本目の矢すなわち「強い経済」である。新しい矢を打ち出したからといって、元祖「3本の矢」である「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」をやめたわけではない。とりわけ金融政策は雇用を促すという点で、今後もアベノミクスの柱となるはずだ。

 経済政策の究極的な目標は「雇用」にある。アベノミクスを否定するエコノミストたちがことごとく頬かむりをして見ないようにしているのが、雇用の改善である。

 2015年8月の有効求人倍率(季節調整値、10月2日厚生労働省発表)は前月比で0・02ポイント上がり、1・23倍となった。じつに1992年1月以来、23年7カ月ぶりの高水準である。雇用の先行指標といわれる新規求人倍率も1・85倍となり、23年9カ月ぶりの高水準を記録した。経済成長率の増加が失業率の低下をもたらす関係性については、図2の「オーカンの法則(Okun'slaw)」が示すとおりである。

 GDP600兆円を実現するには、何を措いても「2017年4月からの消費税率10%」を停止すること、そして金融緩和の継続が必須である。その意味で「消費増税の影響は軽微」と言い募ってきた財務省や御用エコノミストや、野口悠紀雄氏のように「1ドル=120円で日本経済は危険水準」と断言した経済学者は無責任といわざるをえない。いっさい謝罪も釈明もせず、執筆や講演を続けること自体、筆者にはまるで理解できない。

 読者の方には、2014年前後の経済・ビジネス書を古本屋で買って読んでみることをお薦めする。誰と誰が間違っていたか、一目瞭然である。新品で買うのはもったいないが、古本ならまあ楽しめる(ひと昔前の経済・ビジネス書を「ヴィンテージもの」と呼んで面白がる向きもあるらしいが、ワインと違って熟成の価値はまったくないので、筆者は品質を保証しない)。

 安倍首相をはじめ、政治家が私の意見を求めるのは、データの積み重ねである経済予測の「打率」が比較的高いから、という理由にすぎない。打率が下がれば、誰も相手にしないだろう。政治生命が懸かっているぶん、政治家は凡百のエコノミストより、景気の行方に対して敏感である。経済予測の結果に対しても、はるかに厳しい。このシビアさをエコノミストに見倣ってほしい、と感じるのは筆者だけではないはずだ。

著者紹介

高橋洋一(たかはし・よういち)

嘉悦大学教授

1955年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科、経済学部経済学科卒。博士(政策研究)。1980年、大蔵省に入省。理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣参事官などを歴任。2008年、退官。著書に、『日本人が知らされていない「お金」の真実』(青春出版社)ほか多数。

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