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デービッド・アトキンソン「観光業の基本はトヨタにあり」

2016年02月02日 公開
2023年01月11日 更新

デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長)

デービッド・アトキンソン

ビジネスプランとは呼べない目標

 ――観光分野において、日本は明らかに後進国のようです。明治の日本は、議会制度に始まり、鉄道、造船、あるいは文学に至るまで、アトキンソンさんの母国イギリスに学べ、でした。海軍などは、食事の内容まで英国海軍の真似をしています。現代日本も、観光のやり方は1からヨーロッパに学んだほうが早いかもしれません。

【アトキンソン】明治時代とは、また極端な例を持ち出しましたね。教えるも何も、それほど難しい話ではありません。たとえば地域デザインといっても、誰をどの駅まで運び、どの場所に誘導して施設を生かしていこう、というだけの話で、子供でもできます。東大を出ている必要はない(笑)。

北海道のニセコのスキー場は、オーストラリアやニュージーランドから多くの観光客が訪れて「リトル・オーストラリア」と呼ばれるほど賑わっています。大きな貢献を果たしたのが、1992年からニセコに移住したオーストラリア人のロス・フィンドレー氏です。

彼が大学で観光学を専門に学んだかというと、そうではない。巨額な投資をしたわけでもありません。やるべきことを地道に、真面目に取り組んで、それをお金に換えていったのです。

――受賞作でも、日本は観光立国に必要な4条件(「気候」「自然」「食事」「文化」)が揃っていると述べられています。その好条件を生かしきれていない。

【アトキンソン】そうです。政府が掲げている「2020年までに訪日外国人2000万人」「2030年までに3000万人」という目標にしても、いかにも官僚がつくったもので、とてもビジネスプランとは呼べないでしょう。

本来であれば、国別の目標人数、さらに収入の目標金額など総合的に目標を設定すべきで、そのためにどんな戦略を実行すべきか。それがいまの日本に求められていることです。

私は、観光業の基本はトヨタにあり、と考えています。トヨタの経営は日本人だけで成り立っているかというと、そうではない。海外の販売網の構築では、現地の会社をうまく使っている。日本の会社のなかでは、トヨタはこのようなコラボレーションがもっとも成功している企業だと思います。

さらにトヨタが販売しているクルマをみれば、富裕層向けのレクサスがあり、スポーツカーもあれば、ファミリー向けのクルマもある。日本で売れるクルマもあれば、東南アジアでよく売れるクルマもある。

要するに、さまざまな属性を相手にしている。観光も同じで、あらゆる属性の人びとに万遍なく日本に来てもらう必要がある。そうでなければ、大きな産業にならないからです。

――受賞作の『新・観光立国論』に寄せられたであろう日本人からの反論で想像がつくのは、「超富裕層向けのサービスやコンテンツの充実」です。諸外国に比べて、日本には大金持ちが少なく、ちょっと現実離れしていると思いました。

【アトキンソン】誤解してほしくないのは、「超富裕層向けのサービスやコンテンツの充実」というのは、あくまで一つの例を示したのであって、これだけをやればよい、というものではありません。

観光業で問われるのはあくまで多様性であり、階段に例えれば、超富裕層向けを頂点として、その下にさらに続く階段があるかどうかです。私がいま困っているのは、日本人が観光戦略について、あまりにシンプルな解を求めることです。

そのうえで申し上げれば、たとえばビル・ゲイツ氏が来日した際、ビジネスホテルに泊まるかといえば、泊まらないでしょう。世界で高級ホテルというのは、1泊400万~600万円の価格帯をいうのであって、超富裕層は世界のホテルチェーンを選ぶので日本のホテルや旅館にはまず泊まりません。

日本がほんとうに観光立国をめざすのであれば、具体的にどの国から、どの属性の人を呼び、総額でいくら使ってほしいのか、もっと緻密なマーケティングが必要です。

 

抽象的で、情緒的な議論のオンパレード

――アトキンソンさんは受賞作のなかで、20年余りに及ぶ日本でのアナリスト人生を振り返り、「事実を客観的に分析して、その結果がどんなに都合が悪くても、人間関係を悪化させようとも、建設的な話ができると信じて指摘した結果、反発を招く」ことの繰り返しだった、と書かれています。

山本七平氏は代表作の一つである『空気の研究』において、日本人の判断基準になっているものは合理的な分析やデータではなく、空気としかいいようのないものであり、こうした行動様式は第2次大戦の敗戦でも変わらなかった、という意味のことを書いています。

もし日本人が合理性を重んじる国民だったら、約70年前、中国、アメリカ、イギリスを相手に同時に戦争をする、という選択は取らなかったでしょう。

【アトキンソン】石破茂さん(地方創生大臣)がそういうことをおっしゃっていますね。日米開戦の直前、30代のエリートが集まって戦争の見通しを議論した際、絶対にやめるべきだという結論になったらしいですね。

――1941年(昭和16年)の段階で、緒戦は勝ってもやがて劣勢に陥り、最後はソ連の参戦を招いて敗北すると予測されており、実際にそうなってしまいました。大戦中、物量不足を糊塗するために日本軍で連呼されたのが「必勝の精神」です。日本人はこうした抽象的で、情緒的な言葉に酔いやすい傾向がある。『新・観光立国論』で指摘されているように、「おもてなしの文化」を自慢する無意味さに似ていると思います。

【アトキンソン】おもてなしのアピールの一つの動機は、自己満足でしょう。じつは、いまの日本企業でも似た例があると思います。新聞を読んでいるだけでは具合が悪いから、何かをしなければいけない。しかし、本格的なことはやるつもりはない。要は成果を求められていないから、形だけやっているフリをする。真の成果主義になっていないことが問題でしょう。

もう一つの動機は、こういうと反感を買うかもしれませんが、汗をかくのを嫌がっているのです。

マスコミは「日本は技術大国」「農耕民族」「勤勉で手先が器用」などといった、根拠を検証もせずにまさに抽象的で、情緒的な議論が多い。あるいは「これからの観光戦略はインバウンド」とか、「ツーリストからトラベラーと変わって、いまは体験コレクターだ」などと、流行り言葉を並べているだけ。こういうのは、ただの時間つぶし戦略だと私は思っています。

――日本人にしか通用しない内向きの議論。少なくとも、外国の方には意味不明でしょう。

【アトキンソン】地方の自治体もよくシンポジウムをやっていますが、地元のいつものホテルで、お友だちの新聞記者を呼んで、記事になりました、といって喜んでいる。

参加者は旅行代理店にノルマを課して無理やり集客し、「アトキンソンさん、講演で1時間話して残りは対談でお願いします」などといわれる。昼間に延々とシンポジウムを行ない、夜は懇親会。しかし、その日だけたくさんの人が集まっても、あとが続かない。世界遺産も同様です。

先ほどもいいましたが、観光戦略というのは、どの国からどんな人を呼ぶかを考えて、何を楽しんでもらうかを地道に実行するだけです。いまの日本で求められているのは、ある意味でこうした低次元の戦略なのです。でも、皆さんは何か高次元なことをやっているようにみせたいのでしょう。

90年代の不良債権のときも同じでした。不良債権の処理を実際にやろうとすると、大変なことになるから、代わりにシンポジウムを開いて、朝から晩まで不良債権について「ああでもない、こうでもない」とやっていた。いずれ世の中が解決してくれると思って時間稼ぎをしていたんです。

――まさに“空気”が変わるのを待っていた。日本人にはそういう悪いところがあります。

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