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政治家の世代交代が進めば日韓関係は改善するか

2016年02月26日 公開
2022年07月08日 更新

マイケル・ユー(韓国人ジャーナリスト)

韓国では世代交代が進んでいない

 ――日本のシーレーン(海上輸送路)上にある尖閣諸島の領有権問題に関して、韓国はどういった立場なのでしょうか。

 ユー たんなる日中間の火種としてしか見ていません。韓国人は政治問題を、個人の政治家に対して抱く感情とごちゃ混ぜにして論じる傾向があります。「尖閣諸島は日本の領土だ」と主張する日本政府は、尖閣諸島の買い上げを表明した石原慎太郎氏と同一視されています。

 ――韓国人にとって石原さんは、日本の極右、「韓国の敵」なんですね。

 ユー 本来、韓国にとって尖閣諸島の領有権問題は対岸の火事ではないのです。たとえば、これから韓国と中国のあいだで火種となりうるのが「離於島(中国名・蘇岩礁)」の領有権問題です。離於島は、韓国で「伝説の島」と称される東シナ海の暗礁です。海中に没し、厳密には島ではないため、中国と韓国の双方が「領土」とはせず、これまで大きな波風は立ちませんでした。しかし尖閣問題の余波で中国がにわかに管轄権を強調したことが引き金となり、韓国世論が中国の「海洋覇権」に警戒感を露わにしはじめました。

 離於島は、中韓の排他的経済水域(EEZ)が重なる海域にあたります。韓国は中国に対し1996年以来、EEZの画定交渉をしてきましたが、交渉はまとまらず、この暗礁がどちらのEEZ内にあるかは未確定です。

 これまでは朴大統領が中国に斟酌して領有権を主張しませんでした。しかし、次の政権も含めて長期的に韓国が頭を悩ます問題に発展する可能性を孕んでいます。

 ――領有権といえば竹島の問題もありますが、日韓の協力体制が進まないのはやはり歴史問題が大きな障害ですか。

 ユー はい。そして、互いに引くに引けない状態が続く歴史問題や領土問題に終着点はありません。そこで、現実的な打開策を見出すための前提となるのが政治家の世代交代です。

 1960年代から2000年代まで、日本の政治や経済を牽引していたのは団塊世代の人たちでした。世界的に見ても、一世代がこれだけ長い期間イニシアティブを取り続けた例はありません。そして団塊世代は、韓国との良好な関係を重視する世代だったと思います。

 しかしいまや時代は変わり、日本の政治の中心は安倍首相と同年代のポスト団塊世代に移行しました。安倍首相は前政権までの外交姿勢にきっぱりと区切りをつけました。これほど大胆な舵切りは、1987年の民主化を担った386世代を政権の中枢に引き入れた盧武鉉元大統領でもなしえなかったことです。

 本来、この段階で国と国との関係性もリセットするべきなのですが、残念なことに韓国では世代交代が進んでいません。交渉テーブルに座る者の歴史観や時代感覚が異なれば、いわば大人と子どもの話し合いに終始してしまう。これでは交渉どころではありません。今後、政治交渉における世代間ギャップの軋みはより顕著になるでしょう。

 やはり勝負は朴槿惠大統領の次の政権です。韓国の政治家の世代交代が完了して初めて、新しい世代間での建設的な交渉が実現すると思います。

 ――政治家の問題のほかに、日本と韓国の関係が改善するための打開策はあるでしょうか。

 ユー ポイントとなるのが、経済的な連携や人的交流です。外交問題で日韓がどんなに激しいつばぜり合いを行なったとしても、経済的に見た関係は別です。実際の経済的な影響はそれほど大きくありません。それは、ある意味で両国が成熟した関係を築けている証拠ともいえます。

 一方、中国の場合はそうはいきません。2012年、日本政府による尖閣諸島の国有化に反対し、日系企業の工場や店舗の放火・破壊が頻発しました。中国国内で反日デモが起きたら、日本人はまともに町中を歩くことはできません。

 他方で、韓国人は日本大使館前で抗議することはあっても、さすがに日系企業に危害を加えることはありません。これは決定的な違いです。

 ――なるほど。先ほどおっしゃった政治家の世代交代を考えるうえではリーダーの役割も重要になります。日本と韓国の政治リーダーの特徴に決定的な違いはありますか。

 ユー 両国の国会の様子を見比べてみると、一目瞭然です。日本は国会質疑のとき、閣僚が総理大臣の横に並んで座りますが、韓国では大統領が前に出て、ほかの議員は後ろに下がって座る。これはフォロワーシップとリーダーシップのどちらを重視するかの違いです。

 日本の政治は、フォロワーシップを重んじる傾向にあります。日本のニュース番組でも、アンカーが「こんばんは」と挨拶をすると、一呼吸置いてほかの出演者が揃ってお辞儀をします。これは日本でしか見られない光景です。フォロワーシップ型の政治の欠点は、何か問題が生じたときに責任の所在が曖昧になってしまうことです。

 一方、韓国の大統領に求められるのは何といってもリーダーシップです。韓国では政治家を志す者なら誰もが大統領になりたがる。異分子をまとめあげて、一緒にやり遂げようとする協調性が欠けているのはこのためです。

 フォロワーシップ型のリーダーが多い日本から見れば、韓国は自己主張型リーダーが多い印象を受けるし、リーダーシップを重視する韓国は、なかなか決断しない日本のリーダーにやきもきしてしまう。さらにフォロワーシップ型の政治に付きまとう日本特有の「空気」が、韓国人の理解をより難しくしています。

 ――朴槿惠大統領はこれまでに政権批判者宅の押収捜査をしたり、『産経新聞』の前ソウル支局長の加藤達也氏を名誉毀損罪で在宅起訴するなど極端な政治姿勢を貫いています。これも韓国のリーダーシップの特徴でしょうか。

 ユー それは彼女の生い立ちに由来しているのではないでしょうか。両親ともに暗殺された政治家は世界でも稀有です。疑心暗鬼になるあまり、世の中に対する見方がどこか普通ではないような気がします。

 

貧困問題を解決する日本の“100円コンビニ”

 ――ところで、最近の韓国では失業が問題になっています。貧困による高い自殺死亡率は日韓共通の課題ですが、日本は高齢者や失業者に対して手厚く社会保障を敷いています。一方、韓国が何か効果的な対策を施しているという話はあまり聞きません。

 ユー そのとおりです。団塊世代が間もなく70歳に到達する世界一の長寿国・日本は、すでに高齢者中心の社会システムを構築しはじめています。一方で、韓国は高齢者が多数を占める社会システムが存在しません。少子高齢化が進み、社会保障も乏しい韓国に、課題先進国・日本の経験値が活かされるはずです。

 先日、南千住(東京都荒川区)を歩いていて、弁当から生活用品まであらゆる商品を100円で販売するコンビニエンスストアを見つけました。韓国だと最低でも300〜400円払わないと買えない商品も売っていました。店員さんに話を訊くと、お客さんの8割を高齢者が占めていて、1人暮らしの方も多いようです。1日1000円でも生きていける日本の生活防衛インフラを、韓国も見習わなくてはいけない。

 韓国に限らず、日本の“100円コンビニ”は世界の貧困問題を解決するグローバルモデルになりえますよ。

 ――「日本はデフレを輸出している」と非難されるかもしれませんが(笑)。

 ユー ほかにも、ユニクロを代表とするファストファッション専門店や、リーズナブルな家具用品を扱うニトリが日本の各地にあります。衣食住において高齢者への対応策がこれほど万全な国はありません。全世界が高齢社会になっても生き残れる国は日本でしょう。

 ユニクロといえば、銀座店でアルバイトリーダーが中国人に接客の仕方を丁寧に説明している様子を見かけました。韓国ではまだこうした姿は見かけません。日本人の優しさや思いやりは、労働力不足が懸念される将来、外国人労働者を受け入れざるをえなくなった際にも大きな武器になると思います。

 日本と韓国の理想的な関係の1つのあり方として、ある問題についてどちらかの国が先に経験していれば、互いに対処法を転用できる点が挙げられます。日本がアジアで最初に対応し西欧諸国に適応して先進国になった経験があったからこそ、韓国はそのノウハウを活用して経済成長を遂げることができた。その意味でも、韓国が超高齢化社会を解決するには、日本を参考にすべきなのです。

 ――これから世界で起こりうる社会問題を解決する万能なシステムを有し、世界に発信できる力こそ、真のソフトパワーなのかもしれません。日本人はその責務があることを自覚しなくては。

 ユー 難題を前に手をこまねいていても何も解決しません。双方が悪口を言い合うだけでは歴史問題が解決に向かわないのと同じで、お互いに学ぶ姿勢が重要です。

 ――2018年には韓国・平昌で冬季オリンピックが、20年には東京で夏季オリンピックが開催されます。アジアでの開催が続くオリンピックを機に、日韓の連携・協力は実現するでしょうか。

 ユー オリンピックは地球最大のソフトパワーの祭典です。政治上の建前で批判される可能性は否めませんが、日韓で協力できる点はたくさんあります。先に冬季五輪を開催する韓国が意固地にならず、日本に協力を求めれば、けっして実現不可能な話ではないでしょう。

 ソフト面でのコンテンツを日韓の橋渡しにするという意味では、両国からメンバーを選出してAKB48のようなアイドルグループを結成するのも1つの手です。互いの国を行き来してライブを行なえば、ファンも現地に足を運びます。両国のリスペクトできる部分も肌感覚で伝わってくるはずです。このようにして、次の世代を担う若い世代から感情的な憎しみ合いが徐々に薄れるといいですね。

 過去ではなく現在から、外側からではなく内側から互いのよい面を探り合うことで、過去の歴史問題を解決する糸口がおのずと見つかるのではないでしょうか。いまや、両国の政治家がリスクを背負ってまで取り組むだけのテーマはじつはほとんど残っていない。最後のレガシーが慰安婦問題です。もし歴史問題が解決すれば、日本と韓国は建前なしのトランスペアレント(透明)な関係になれるでしょう。

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