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「東郷文彦と若泉敬」の時代

2016年02月26日 公開
2017年03月22日 更新

東郷和彦(京都産業大学世界問題研究所所長)

国民一人一人が学び、判断すべき

 ——当時のリアルポリティックスに基づく外交や安全保障政策が今日でも必要だと思われますが、最近の動きに対してどう思われますか。

 東郷 私は、安倍政権の安保法制改革を基本的に支持しています。ただ、国民から強い批判が出た大きな要因は、法案の構成があまりにも複雑で何を決めたかがわからなくなってしまったからでしょう。少なくとも2014年7月の閣議決定で「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」では3つの柱が明確になっていました。

 第1は、「武力攻撃に至らない侵害への対処」。これは、武力攻撃を受けるには至らない事態でも海上保安庁と自衛隊が切れ目なく連携し、また米軍に対する武力攻撃に至らない侵害に対しても自衛隊が有効に協力していこうということ。

 第2は、「国際社会の平和と安定への一層の貢献」。これは、国際連合の下で行なわれる自衛隊の後方支援の活動を1歩拡大し、(1)自衛隊が行動する「非戦闘地域」をあらかじめ固定するのではなく、「現に戦闘行為を行なっている現場」ではない地域として、若干柔軟に考えることと、(2)いわゆる「駆けつけ警護」等の場合に武器使用の範囲を若干拡大しようというもの。

 第3は、「憲法9条の下で許容される自衛の措置」であり、これこそが集団的自衛権の行使を条件付きで認めようとするもの。

 では、そもそもなぜ集団的自衛権を行使可能にする解釈変更を行なったのでしょうか。話は1960年の安保改定まで遡ります。当時、岸信介総理をはじめとする安保改定論者は、51年のサンフランシスコ平和条約とともに締結された旧安保条約が一方的にアメリカに有利なのでその非対称性を改めようとした。アメリカは日本で基地を有する権利をもっているのに対して、それに見合った義務をもっていなかったのです。そこで、改定安保条約第5条に「日本国の施政の下にある領域における武力攻撃に、(中略)共通の危険に対処するように行動する」という、アメリカによる日本の防衛義務が明記されました。

 しかし同時に、60年代、70年代を通じ、憲法9条の解釈をめぐって、日本は「国際法上集団的自衛権を有しているが、これを行使することは憲法上許されない」(81年5月29日答弁書)という政府見解が確定的に登場しました。この解釈の確定によって「アメリカは安保条約によって日本が攻撃されたら助けに行く義務があるが、日本はアメリカが攻撃されても憲法上助けに行くことが許されない」という「逆非対称性」という事態が発生してしまいました。日米が対等な同盟国であろうとするならば、この「逆非対称性」を改めなければいけない。その意味で今回の安倍政権の決定に対しては、私は評価しています。

 ——今回の憲法の解釈変更は、国論を二分するほどの関心の高さを示しました。この点に関してはどのようなお立場ですか。

 東郷 今回の解釈変更は、ほんとうに憲法違反なのでしょうか。私はそうは思いません。集団的自衛権を個別的自衛権の範囲内で行使するという立場は、現行憲法9条の平和主義のみごとな開花ではないですか。

 この解釈が違憲かどうかについての憲法上の疑義は、最高裁判所大法廷で審議すればよいと思います。今回、国会前で反対運動を展開した人たちを含め、いま日本人にほんとうに真剣に考えていただきたい問題は、じつはその問題ではないと考えています。

 これからは、世界中のどこかで紛争が起きたときに、日本人はいったん立ち止まって考えなくてはいけません。その紛争には、日本に対する直接の攻撃が与える脅威と同じだけの脅威があるのかと。もしも同じなら、そこに参戦して戦う権利が生じ、日本人はそれを使うかどうかを考えなければいけないのです。私はこの新事態はよいことだと思っています。いままでは憲法九条があるので、日本人は世界の問題を自分の問題として考える必要がありませんでした。

 日本の安全保障に重大な関わりがあったとしても、いずれにせよ憲法9条によって日本が関わりをもつことはないのだから、考えないで済む。さらに、何もしなくても、憲法9条が日本を守ってくれるという幻想すら創り出したのではないでしょうか。これからの日本人は世界の現実に照らして、何がほんとうに日本に対する脅威であり、それにどう対処したらよいかを考えざるをえません。それには、国際政治と日本の安全保障を国民一人一人が勉強し、国民の総意として世界で起きる危機についての判断をしていくしかないと思います。「一億総勉強時代」に入ったといっても、過言ではありません。

 その意味で、若泉敬と東郷文彦のリアルポリティックスの思想をあらためて学ぶべきときだと思うのです。それだけ、私自身も京都産業大学世界問題研究所長としての役割と使命を再認識していきたいと考えています。

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