Voice » 経済・経営 » 日本企業はなぜ海外M&Aに失敗するのか

日本企業はなぜ海外M&Aに失敗するのか

2016年03月16日 公開
2016年11月11日 更新

杉山仁(JPリサーチ&コンサルティング顧問)

長期的経営か短期的経営か

 

 経営者個人の利益を優先するとなると、当然、短期経営志向となる。なぜなら個人が経営者でいられるのはせいぜい数年から10年程度のあいだであり、この間に会社の利益を上げ、個人の手取りを極大化する必要があるからである。

 最近のアメリカの企業による自社株買いも、経営者が設備投資や従業員に対する配分を削ってでも、ROEを高めることにより経営者報酬を増やしたい、という意識の表れといわれている。

 上位1%の富裕層が所得の9割超を獲得しているアメリカの著しい格差社会化の進行は、独り勝ち短期経営の結果でもある。

 これに対して日本企業の長期志向は、百年以上続く長寿企業が日本では1万5000社以上(世界で首位)ある一方で、2位はドイツで1000社以下という統計にも表れている。

 トヨタの水素自動車、東レの炭素繊維、ホンダのアシモロボットやホンダジェット等の世界最先端技術は、これら日本企業のすべてのステークホルダーが30年以上の超長期投資に耐えた結果であり、欧米流短期経営では絶対に開発できない技術である。

 一方、海外企業は超長期投資にすべてのステークホルダーが耐えるということはできず、フォルクスワーゲンの排ガス不正、GMの欠陥車放置、ノバルティスファーマの実験結果改竄等、短期でコストのかからない不正に走ってしまうのである。

 

クライシス対策より組織の名誉

 

 以上のとおり、日本企業の行動原則として、(1)相互信頼、(2)共存共栄、(3)長期経営の3つを挙げ、日本企業にとって、これらの行動原則が通用しない海外企業と交渉する際の弱みになってしまい、これが日本企業による海外M&Aの成功率が低くなっている要因であると考えている。

 ユーラシアの民族の行動原則をわかりやすくいうと、「自分だけ、今だけ、金だけ」ということになり、これは日本人の「皆も、将来も、金だけでない」という行動原則と正反対のものである。

 筆者はこれに加え、日本文明に基づく日本企業の共同体志向が、M&A失敗の一要因ではないかと考えている。

 日本企業による大型M&Aの場合、社長以下会社全体で買収完遂に突っ走ってしまい、買収完遂が自己目的化してしまい、デューディリジェンスで発見されたリスクに対する対応策や、買収の基本前提となる将来収益見通しとシナジー実現可能性の慎重なチェックが疎かになってしまうことがよくある。冒頭に挙げた第一三共、LIXIL、丸紅がそのケースであろう。

 また買収後、トラブルが多発しても、社外はもちろん、社長と担当役員以外には社内にも知らせずトラブル情報を隠蔽してしまうケースが多い。その結果、対策が後手に回り、かえって損失が拡大してしまう。

オリンパスの巨額粉飾事件もこうした背景があったことが明らかになっている(巨額粉飾の事実は代々の社長と担当役員のみに引き継がれていたが、これは現地採用出身のイギリス人社長が、日本から逃げてロンドン都心の警察署に身柄保護を申し出たことから発覚した)。

 まだ世間には公表されていない、こうした潜在失敗ケースはいくらでもあると思う。

 昭和17(1942)年のミッドウェー海戦で、日本海軍が大敗した情報も極秘とされ、国民にはもちろん知らせなかったし、陸軍出身の東條英機首相にもすぐには報告されなかったという話もある。海軍大将山本五十六と海軍全体の名誉を守るためであった。

 日本の大組織の場合、終身雇用制度の下、年功序列人事が現在でも支配的であり、組織の論理が貫徹しやすいため、まず組織の名誉を守ることが、当面のクライシス対策よりも優先するのである。

 組織の名誉を守るという行動は、日本人の共同体志向に基づく行動であり、江戸時代に幕府に対し各藩がお家騒動等の不名誉な出来事を隠そうとしていた史実に通底するものがある。

 またそれぞれの組織が失敗とその原因を開示せず、失敗を隠蔽する行動を取るため、M&Aリスク回避策がいつまでたっても企業社会で広く共有されず、同じような失敗がほかの企業でも繰り返されるのである。

 以上述べてきたとおり、日本と海外の企業文化の違いは、筆者は歴史と地政学要因による文明の違いにあると考えている。宗教の異なる一神教の異民族同士が土地を求めて争いを続けてきたのが、ユーラシア大陸の民族の歴史であり、これは現在でもキリスト教徒とイスラム教徒の一神教同士の終わりのない対立抗争として続いている。

 一神教の異民族同士の争いが長いあいだ続くと、当然、相互不信と警戒、支配被支配と奴隷制の世界観、勝っているあいだに収奪する短期志向等の考えが定着し、現在に至るまで、その文明の人びとの行動様式を支配しているのではなかろうか。

 これに対し、日本列島は大海に孤絶し、海に囲まれていたという地政学上の要因により、ユーラシア大陸からの異民族との武力衝突が元寇を除いてはなく、かつ多神教であったため、国内でも大規模な宗教戦争がなかったというきわめて恵まれた環境にあり、ここに縄文時代以来1万年以上に亘り、世界でもまれな日本文明が育まれたのである。

 歴史と地政学により条件付けられた文明というインフラストラクチャーは、そこに生きる人びとの文化、すなわち考え方と行動様式を規定する。ここからユーラシアの民族と日本人との文化の著しい差が生じたのである。

 グローバリゼーションという耳当たりのよい言葉に流されず、彼我の文化と文明の違いと、そこから生ずる行動様式の違いに目を向けるべきである。日本企業は自らとは異なる文明の人びととM&A交渉を行なっていることを十分に認識すべきである。

 同時に、日本人の共同体志向はクライシスにあたって、クライシス対策よりも共同体組織の名誉を守ることが優先されがちであるため、これが海外M&Aのリスク要因となっていることを、日本企業は率直に認識することにより、海外M&A成功に役立てるべきであろう。

著者紹介

杉山仁(すぎやまひとし)

(JPリサーチ&コンサルティング顧問)

一九四九年生まれ。七二年一橋大学卒業、旧三菱銀行入行。米英に約十二年間勤務し、海外M&A業務に従事。二〇〇一年転出後、大手企業投資ファンドや上場事業会社で海外M&Aと買収後経営に携わる。海外を含む投資先企業の取締役を務め、内外の子会社経営や買収後リスク対応の経験が豊富。現在、M&Aリスクコンサルティング会社であるJPリサーチ&コンサルティングの顧問を務める。

Voice 購入

2024年5月号

Voice 2024年5月号

発売日:2024年04月06日
価格(税込):880円

×