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消費税増税は凍結すべし!

2016年04月26日 公開
2023年01月12日 更新

本田悦朗(内閣官房参与/明治学院大学客員教授)

名目GDP600兆円を必達せよ

 

 一方で、もちろん足元の景気対策も重要だ。現在、日本のGDPギャップは約10兆円といわれている。その分だけ需要不足が生じていると考えられ、理論的には10兆円分の経済対策を打てば、1年分のGDPギャップが埋められる。今年1月に成立した2015年度の補正予算3・3兆円に加えて、2016年度に残り6・7兆円の補正予算を組めば、合計10兆円になる(乗数効果もあるので、必ずしも全部を真水で埋める必要はない)。

 アベノミクスがスタートした直後の2013年2月、緊急経済対策を含む13兆円規模の2012年度補正予算が成立したが、その後、2013年度補正予算は5・5兆円、2014年度補正予算は3・5兆円と、規模が縮小していった。アベノミクスの成果で税収が増加している下で、あまりにも早く財政支出を抑制させてしまったのは問題である。現在は企業の設備投資が拡大してくるまでは、むやみに速いペースで歳出を抑制する必要はない。

 財政再建は大事だが、少なくともデフレを完全に脱却するまでは、緊縮財政によって財政再建を図るべきではない。これがマクロ経済学の論理である。プライマリーバランス(基礎的財政収支)も重要だが、経済成長によって名目GDPを増加させ、税収を増やすことでプライマリーバランスを改善し、財政健全化を図ることが唯一の道である。そうしないと持続的な経済成長は望めない。財政赤字を減らそうとして、歳出を削りすぎると、肝心のマクロ経済が縮小してしまう。たとえばギリシャは緊縮財政によって2014年、15年と2年連続でプライマリーバランスの黒字を達成したものの、GDPが2008年から約4分の1も縮小し、経済がガタガタになってしまった。日本はギリシャと同じ轍を踏んではならない。

 その意味で、新アベノミクス「三本の矢」の一つである名目GDP600兆円をぜひ主眼に置いて実現させたい。この目標が達成できれば、財政状態を判断するためのメルクマールとされる「デットGDPレシオ」(政府債務残高÷名目GDP)も改善し、財政再建への道が大きく開かれる。

 なお、インフレ率や実質GDP、名目GDPなど経済指標の目標を立てる場合、対前期比で「成長率」を設定するのが一般的である。その点、2020年に名目GDP600兆円というアベノミクスの目標「水準」は、世界的に見てもユニークなものといえる。目標水準を設定するということは、一度、数字が落ち込んだらその翌年はさらに頑張らないと目標達成は困難だからである。安倍政権はそれほど高い目標に、果敢にチャレンジしていることを評価すべきである。

 そして名目GDPを高めるには、実質GDPを増やすと同時にインフレ率も上昇させなければならない。

 実質GDPの増加は政府の役割であり、インフレ率の上昇は日銀の役割だ。つまり政府と日銀が一体となって経済成長に取り組まなければ、名目GDP600兆円の目標達成はありえない。旧アベノミクス第1、第2の矢である金融・財政政策がいっそう重要になる、ということだ。

 

日本経済が「長期停滞」に陥ってもいいのか

 

 たしかに昨年後半から日本経済の回復ペースが鈍化し、名目GDP600兆円の達成は難しくなっている。とくに中国やその他の新興国経済の成長減速、EU経済の低迷などの海外要因でリスクを回避する動きが顕著になり、消費や投資が落ち込み、貯蓄率が高まっている。日本経済のみならず世界経済全体がリスク・オフ状態に陥り、デフレマインドが払拭し切れない状態で再び消費税率を引き上げれば、結論はいわずもがなである。

 名目GDPを増やし、財政再建を果たすためにも、来年4月の消費税増税は凍結すべきだ。消費税増税の推進派は「景気が悪いという短期的な理由で財政状態の悪化を続け、子供や孫に借金のつけを回してはならない」という。だが、私は「子供や孫の世代につけを回してはならないからこそ、いまのタイミングで消費税を増税してはならないのである」と声を大にしていいたい。

 もし来年4月に消費税増税を行なえば、日本経済は、ローレンス・サマーズ元米財務長官が主張する「長期停滞(セキュラー・スタグネーション)」に陥る可能性がある。つまり経済構造や消費行動が大きく変化し、貯蓄と投資のバランスが崩れて貯蓄過剰・投資不足の状態になる。緩やかな物価上昇と安定した経済成長が困難になるセキュラー・スタグネーションは、2年前の消費税増税時のデジャブ(既視感)そのものである。しかも、その影響が2年前よりもずっと大きくなることは想像に難くない。

 繰り返すが、日本に求められるのは金融政策と財政政策を両輪とする強力なマクロ経済政策である。デフレからの完全脱却を果たし、2%程度のインフレ率が安定して持続するようになるまで、消費税率を断じて引き上げてはならない。

「増税の影響は一時的なものであり、金融政策や財政政策によって元に戻る」という増税推進派に申し上げたい。たしかにデフレに逆戻りしないかぎり、十分に長い時間をかければ、落ち込んだ消費や低迷した経済を政策によってある程度回復させることができるかもしれない。

 しかし、アベノミクスのデフレ脱却戦略はある意味、短期決戦なのだ。私は、デフレ脱却にあまりに長時間を要しては、デフレ脱却のための唯一の道であるアベノミクスに対する国民の信頼が薄れてしまうことを恐れている。

 旧アベノミクス第1の矢である大胆な金融政策は、日本が長期デフレから脱却できる可能性のある唯一の道であり、それが失敗だと判断されてしまえば、日本は長期停滞に陥ってしまう。政治家として例がないほど経済・金融理論を勉強され、前人未踏の強力な政策を打った安倍総理をおいて、日本経済を復活できる政治家はいない。

 私は安倍総理に「今年7―9月期のGDP速報まで判断を留保せず、消費税増税の凍結を決断していただきたい」と申し上げている。もちろん浜田宏一内閣官房参与(エール大学名誉教授)をはじめとした消費税増税の慎重派のみならず、推進派も含めて多くの識者やマーケットの声を聞き、最終的な判断を下されることだろう。総理の英断に期待したい。

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