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熊本地震と他者への想像力

2016年06月29日 公開
2017年04月13日 更新

清水 泰(フリーライター)

「たばこありますよ」

 熱中症対策の一環として、壁面がメッシュ状の風通しの良いスクリーンタープを設置した。同時に野口氏は「テントの外で食事や休憩がとれるキャンプ場のような楽しい雰囲気をつくりたかった」という。テントの入り口と接するタープがあると、生活空間が倍になり、用途も自由自在。可能な限りくつろげる空間をつくろうと、自転車や靴箱置き場、あるいは洗濯干し場やソファを置いたリビングルームが生まれた。

 そしてタープ内やテント村は子どもたちの遊び場となった。5月中旬のある日、子どもたちが自発的にコーヒーボランティアを結成し、テント村の本部スタッフに本格的なネルドリップコーヒーを淹れて配った。子どもたちなりに何ができるかを考えたのだろう。「嬉しさのあまり、10年ぶりにコーヒーを飲みました」(野口氏)。自由な空間がもたらす解放感が被災者の気持ちを明るくし、前向きに生きる原動力となる可能性を示している。

 だが、世の中には他者への思いやりや気力の根源が自由な精神、楽しさ・喜びの感情にあることを理解できない人がいるようだ。野口氏もそうした人間らしさに欠ける人たちからネット上で攻撃された経験がある。東日本大震災発生後、避難所生活を送る人たちに寝袋を提供する支援活動をしていたときのことだ。

 トラックで被災地へ向かう途中、ツイッターを見ていた野口氏は「たばこ吸いたい」というつぶやきが多いことに気付き、たばこの差し入れを思い付いた。「救援物資は生活必需品という発想があるから、どうしても嗜好品がリストから抜け落ちてしまう。大震災という過酷な状況下だからこそ、嗜好品が必要だ」と考え、サービスエリアで数カートンを購入した。救援物資をすべて渡したあとで「たばこありますよ」というと、消防団員の目の色が変わり、歓声が上がったという。建物外のたき火に集まってきた消防団員たちが久しぶりのたばこを吸い、フーッと煙を吐き出す。まさに至福の一服だ。

「その後ろ姿を見て、『そうか、いままで僕らの支援にはこれが抜けていたのか』と気付かされました」と野口氏。「横にいた『サンケイスポーツ』の記者が後日、『野口健がたばこを届けて、その血の通った対応がとても喜ばれた』という主旨の記事を書き、同じ日に当時の公式ブログにたばこやゲーム類、絵本やおもちゃなどの嗜好品や娯楽品も届ける旨をアップしました。ところが、間もなく嫌煙団体のコメント欄への書き込みによる炎上が始まったのです」(野口氏)。

 野口健事務所にも「おまえは津波で助かった人間を、肺がんで殺すのか」などという抗議の電話が殺到。ついには実害が発生した。野口健の名を騙って、物資を届ける被災先の市役所などに「到着時間を変更した」「対応が悪い」などと虚偽の連絡をする者が現れたのだ。事務所は避難所に確認の電話を入れ、現場は大いに混乱した。

 特定の嫌煙団体だけが信じる正義のために、物資支援作業が滞り、被災者に被害が及んだのだ。誹謗中傷の一つに「野口は受動喫煙の被害をバラまいている」というものがあったが、野口氏が回ったすべての東北の避難所で建物内で喫煙する人を見たことはなかった、という。

 

100か0かではない選択肢

 熊本地震発生後、ネット上で話題になったまとめツイートがある。作詞家の植草羊氏が「震災とたばこ」と題してつぶやいた10のツイートを、2016年4月20日にLGBT(性的少数者)などマイノリティの支援活動をしているメディア・コンテンツ・プロデューサー石山城氏がまとめた。閲覧数は2万ビューを超え、閲覧件数のトップにランクされた。内容を紹介する。

 

〈【震災とたばこ1~10】

 2011年東日本大震災発生。これによりJT郡山工場は大打撃を受けた。郡山工場はたばこの最終工程を担っていたため、たばこの製造は全面的にストップ。当然、国内のたばこは不足し、被災地でなくても、1人2個まで、という制限があったことを覚えている人は多いと思う。

 この時、JTは輸出用のたばこを買い戻すことも考えたようだが、一度輸出してしまったたばこは「外国たばこ」扱いになるため、自社商品であっても「輸入たばこ」となる。つまり、新銘柄として財務省の認可をうけなければならない。

 財務省の認可は、税金、価格等を決めるため、膨大な手間と時間を要する。郡山工場の復旧に注力しようにも、精密機械を調整できるエンジニアから「いま福島には行けない」と断られてしまう。

 そこでJTが下した決断は「優先的に被災地にたばこを送れ」。細々と他工場でつくられたたばこは、まず被災地に送られた。時を同じくして動いたのはTLC(全国たばこショップ・リーダーズクラブ 全国のたばこ屋さんで組織された任意団体)。

「着の身着のまま、震災から逃れてきた人が“たばこ、売ってくれないか”とやって来るが、店にはもう1個も在庫がない。たばこ屋なのに、何もしてあげられない」会員のそんな叫びが仲間に届く。

 全国のTLC会員は、自分達の在庫を被災地のたばこ屋仲間に放出することを決定。そうでなくても品不足の中、どこのたばこ屋さんも一つでも多く商品が欲しいなかでの決断であった。

 そんなとき、TLCの中心である京都のたばこ屋さんから手紙をもらった。「植草さん、結局ね、私達たばこ屋は、たばこと、そして、たばこに関わる人達に生かされているんです」。便せんに鉛筆で書かれた文字は、悲しげだが、彼女の人柄を表すように凛としていた。

 被災地。海沿いの町、4人の郵便配達員がいつものように配達に出発。そして地震と津波が発生。山沿いを担当した3人は津波の発生を知り、さらに高台に昇る。しかし、海沿いに配達に行った1人が戻らない。安否を気遣いながら待つ事、小一時間。

 坂道を赤いバイクにまたがり、登ってくる姿が。仲間の無事を知り、4人が取った行動は、抱き合いながら無事を喜ぶことでもなく、言葉をかけることでもなく、たばこに火を着けることだった。ほっとした顔でたばこをふかす4人の姿がテレビに映し出された。

 この世にたばこなんか無くなればいい、と思っている人もいるでしょう。でもね、それと同じくらい、この細い一筋の煙で救われる人がいるってことを忘れないでほしい。一服は昔「一福」と書きました。どうぞ皆さんに福が舞い戻りますように〉

 

 植草氏は日本パイプクラブ連盟常任理事でもあるが、一連のツイートは決して喫煙を推奨するものでも非喫煙者を挑発するものでもない。熊本地震の最中に東日本大震災時の事例をツイートし、喫煙者の存在を忘れないでください、という災害時の無用な争いを回避するための提案ではないかと思う。その根底にあるのは、植草氏の考える「優しさ」の定義である。

「喫煙に限らず、私が東日本大震災のときに聞いた話では、日中の瓦礫の撤去やゴミを片付ける作業から避難所に帰ってきた人たちが夜に一杯飲もうと思って、小さなガスコンロを持ち込んで熱燗を始めたそうです。すると避難所を管理している人が飛んできて、『施設内は火気厳禁です、やめてください』。1日中ボランティアの肉体労働で疲れきった人が、ようやく一杯飲めると思ったのに……。おまけに震災当初はまだ寒い時期で、熱燗の1本ぐらいお目こぼしを、と思うのが人情ですよ。そういう気持ちを一様に例外なきルールで否定、排除してしまうのは、優しさとは真逆の発想ではないでしょうか」

「優しさというのはじつにシンプルな問題だと思います。たばこの例でいえば、煙を含めて、たばこが嫌いならそれで構わない。でもたばこを吸う人まで嫌いになることはないでしょう、ということです。被災地では、大変な状況が続き、皆が助け合っているはずです。助けてもらえば、少なくともその人に感謝し、絆が生まれると思うんです。そうやって紡いだ絆を『喫煙者だから』と切ってしまうことができますか? 喫煙を基準にその人の人格までを否定・拒絶して、嫌いというのだけはやめてほしい。その考え方は中学生や小学生のレベルですから」

 その意味で、植草氏が社会の危機を感じているのが、「喫煙者を採用しない」と公言する企業が増えていること。その代表が大手旅館運営会社だが、喫煙する社員は「作業効率」「施設効率」「職場環境」の3要素で会社の競争力を弱める(=非喫煙社員は高める)という投資効率に基づく理由を挙げている。喫煙社員のために喫煙ルームを設けたり、一服するために席を外すのは効率が悪く、非喫煙者との公平性を欠くという経営思想だ。もっとも、社員の多様性という意識はあまり感じられない。

「就職採用の面接で、能力や意欲があっても喫煙者はお断り、といわれたら、おそらくたばこを吸う若者は喫煙者であることを隠したまま、その会社に就職しようとするでしょう。この状況は、さまざまなマイノリティが自分の個性や嗜好を表立って口に出せずに、黙って社会生活を送っている現実と変わらない気がします」(植草氏)

 益城町のテント村は5月31日に閉鎖が決まった。しかし、テント村入居者のなかには「車中泊に戻るしかない」「避難所生活よりもテント生活を続けたい」という人が少なくない。100か0かではない選択肢を模索していた野口氏のもとを、テント村から2km離れた神社の宮司が訪ねてきた。宮司の息子夫婦がテント村で避難生活を送っている。「閉鎖で皆、行き場がない」と宮司の父に窮状を訴えたのだ。高台にある神社は雨が溜まらず、樹齢の古い木々に囲まれ、夏でも日陰になるところが多くて涼しい。水道も電気も復旧している。「神社の敷地内を自由に使ってくれ、といわれました。20、30のテントを張れそうです」と野口氏は嬉しそうに語った。

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