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冲方丁 『冲方丁のこち留 こちら渋谷警察署留置場』

2016年11月15日 公開

冲方丁(小説家・アニメ脚本家)

自白主義の怖さ

 ――本書『冲方丁のこち留』は、冲方さんが身に覚えのない妻へのDV(ドメスティック・バイオレンス)容疑で逮捕され、渋谷警察署内の留置場に9日間も閉じ込められた挙げ句、無罪放免になるまでの顛末が“喜劇調”で綴られています。妻がほんとうに被害届を出していたのか、最後まではっきりせず、まさに理不尽の極み。これが日本の司法の現実かと思うと、寒けを覚えました。

 冲方 警察が逮捕状で私が妻にDVをしたという「作文」を行なうと、検察や裁判所はそれに従って有罪の判決を導くというストーリーが出来上がっている。たとえ前後の事実関係に矛盾があっても、一度逮捕されてしまうとなかったことにされてしまう。警察の取り調べとは、当事者から事実関係を聞き出して捜査の参考にするのではありません。あらかじめ用意された筋書きに当てはまる自白を被疑者にさせ、それを調書に記録する作業のことをいうのです。いわゆる自白主義。ほんとうに怖いと思いました。

 ――逮捕状には「妻の顔を右手拳で一発殴って前歯破損の疑い」という文言があったそうですが、それほどの勢いで殴れば、自分の拳にも当然、傷が残るはずです。取り調べの刑事には手を見せたのでしょうか?

 冲方 鑑識の人にお願いして、証拠として写真を撮らせました。彼は「いちおう撮っておかないとね」と思い出したようにいっていましたが。そもそも被疑者の側から訴えなければ、調べようとしないことがおかしい。事実は彼らにとってはどうでもいいということなのか、と痛感しました。

 ――取り調べ中、刑事は冲方さんの拳か手にした何かが偶然、妻に当たってしまったのではないかというロジック(?)を持ち出して罪を認めさせようとしたそうです。あまりにも筋立てに無理があるというか、ここまで来ると、たしかに喜劇。もはや笑うしかないですね。

 冲方 刑事にしてみれば、たとえ机上の空論でも、調書の文面の辻褄が合っていればいい。裁判官のほうも「いつもの書き方」になっていれば、それでかまわないのでしょう。

 ――本書を読むと、取り調べの様子というのは、テレビなどでよく見る光景とはかなり違いますね。老練な刑事が優しげに話しかけてくるなんてことはなく、いきなり手錠をはめられ、ロープでスチールパイプの椅子に縛り付けられる。驚愕します。

 冲方 彼らも最初から「逮捕する」とはいわないんですよ。警察に対する信頼を逆手に取って、「署に着いたらお話しします」といって、いきなり取調室に入れる。密室にして逃げられなくしたうえで、「規則ですので、財布や携帯電話をお預かりします」といって身の回りの物を取り上げる。完全に外部との連絡を遮断したうえで、「逮捕状が出ています」と攻めてくるわけです。

 ――留置場に入れられてからも、壮絶な経験をされましたね。「留置場弁当」の食材は質素で味付けは薄い。なるべく被疑者に糖分と塩分を摂らせないことで、集中力と抵抗力を奪い、自白に追い込むためだと推察されています。就寝中にも照明を消してくれず、手で目を覆ったりすると、注意されるという。(拷問の禁止を定めている)憲法無視も甚だしいと感じました。

 冲方 拉致、監禁、拷問。いわれのない罪で留置場に放り込まれた人も、その瞬間から、人権から逸脱した世界をさ迷う羽目になるわけです。たとえば、布団のたたみ方には模範とされる例があり、それが写真で示されている。少しでも向きが違ったりすると、布団が没収され、冷たい地べたで寝ることを強要される。

 ――いちおう先進国と呼ばれる日本において、そのような人権無視が平然と行なわれているとは……。

 冲方 留置場で一緒になった外国人が「こんな所は初めて見た」といって驚いていました。その方は5カ国で刑務所に入った経験があるそうですが(笑)、「日本の留置場は最悪だ」といっていました。

 

「国民が放置してきた」

 ――冲方さんは9日間にわたって留置場に閉じ込められた挙げ句、釈放、不起訴処分となりました。このような誤認逮捕や冤罪を生み出しかねない「司法組織の悪しき体質」を告発することが、本書執筆の動機の1つであると思います。それを防止するには結局、密室での「自白の強要」を迫るような取り調べの方法をやめるしかないと思うのですが。

 冲方 そうですね。さらに大事なのは、国民がそうした「司法組織の悪しき体質」についてもっと知ることでしょう。国民が知ろうとしないから、警察の捜査方法もどんどん密室のなかに閉じこもってしまう。司法組織に対する国民の無関心は、日本がこれまで平和であったことの裏返しなのかもしれません。

 また、危ないものは危ない所に押し込めてしまおうとする日本独特の“地政学”も、司法や警察の実態から一般の目を遠ざけています。たとえば東京なら、新宿の歌舞伎町にいかがわしい店は全部集約させてしまう。普通の国民は、それを取り締まる警察の実態について何も知らずに生活を送ることができるわけです。

 ――普通の人は、警察官と話すのは、落とし物をしたときか、交通違反をしたときぐらいですからね……。

 冲方 もともと日本という国は、お上に任せておけば大丈夫だ、しっかりやっているはずだという根拠のない信頼がある。こうした姿勢が結局、警察の暴走につながっている。江戸時代以来の身分制度をいまだに引きずっている国というしかありません。しかし、どんな組織であれ、放っておけば腐敗するのは当然ではないでしょうか。

 2007年に周防正行監督の映画『それでもボクはやってない』が公開され、痴漢冤罪の問題が大きく注目されました。あのときに、多くの人が「なんで?」と不思議に受け止めたと思います。もともと日本には国民が警察組織を監視する習慣がないため、冤罪の問題が起こっていること自体を知らなかった。

 これは周防監督に直接、聞いた話ですが、ある被疑者が裁判所の判決に対して「なんでこんな裁判が許されるんだ」と激怒したうえ、自分の弁護士にも「あなたは何をやっているんだ」と叫んだ。するとその弁護士は、「あなたたち国民が放置してきたことだ」と返したそうです。

 ――司法に対する国民の無関心のなかで、弁護士も絶望を感じながら、仕事をしているわけですね。

 冲方 そうです。警察はいつ、誰に牙を剥くかわからない。「いつでもやられる可能性がある」と国民が思わないかぎり、取り調べや司法の正常化は図れないでしょう。さらに国民の側に向けていうべきことは、警察に逮捕された時点ではその人は「罪人」ではない、ということです。「悪いやつはいくら酷い目に遭わせてもかまわない」という意識が私たち国民自身にあるからこそ、司法や警察が暴走するんです。

 ――最後に、一連の事件を総括して、冲方さんにとってどんな意味があったとお考えですか。

 冲方 作家としては大きな糧を得ました。ロープに縛られて骨がきしむ音の様子など、監禁された人間の描写が普通にできるようになった(笑)。また国民という観点からすると、それこそ揺りかごの中から出てきたような、目覚めさせられた気分です。

 司法は私1人ではとても観察しきれない大きな組織なので、テレビや雑誌がもっと積極的に警察や検察という「面白い組織」をネタにしてくれないか、と。一般の国民も、1日留置場体験をしてみるとよいかもしれません。客観的に留置場をみれば、まさにアメージングワールド。日常生活では絶対に出会わないタイプの人に出会えます(笑)。

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著者紹介

冲方 丁(うぶかた・とう)

小説家・アニメ脚本家

1977年生まれ。岐阜県出身。96年に『黒い季節』(角川書店)で第1回スニーカー大賞金賞を受賞し、デビュー。2003年に『マルドゥック・スクランブル』(講談社)で第24回日本SF大賞を受賞。10年に『天地明察』(角川書店)で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞、第4回舟橋聖一文学賞、第7回北東文芸賞を受賞。12年に『光圀伝』(同)で第3回山田風太郎賞を受賞。近著に、『十二人の死にたい子供たち』(文藝春秋)などがある。

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