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童門冬二&村井嘉浩 上杉鷹山に学ぶ復興の精神

2016年12月19日 公開
2022年11月10日 更新

童門冬二(作家),村井嘉浩(宮城県知事)

「創造的な復興」をめざす

 童門 現在、村井知事は被災地の復興の先頭に立っておられますが、復興の現状はいかがですか。

 村井 幸い、国を挙げて応援してくれているおかげで、着実に進んでおります。ただ、あれだけの大きな被害でしたので、いまだに仮設住宅にお住まいの方が約1万5000世帯、3万人ほどおられます。あと2年程でほぼすべての方に対し、快適な住環境を提供することができる見込みです。

 1995年に起きた阪神・淡路大震災では、整地を行ない、住民の方々は以前に住んでいた場所に戻ることができました。しかし今回の東日本大震災では、同じ場所に住居を建て直しても、再び津波が来れば流されてしまう恐れがあります。安全な高台に移り住んでいただくことを前提に街づくりをした分、住環境の整備に時間がかかりましたが、多くの方のご支援をいただいて確実に前進しています。

 震災からの復興にあたり、ただ元に戻すだけの「復旧」では、時代の変化に取り残されてしまいます。そこで、私が掲げたのが「創造的な復興」です。一例を挙げますと、宮城県の沿岸部では亡くなったり、行方不明になったりした方々とその他の地域に移転された方々で4万人もの人口が減少しました。この状態を元に戻すことは残念ながら、困難といわざるをえません。そこで代わりに交流人口、すなわち海外や県外から宮城県を訪れていただく観光客を増やそうと考えました。およそ33万人の外国人観光客の経済効果は、住民4万人分の効果とほぼ等しい、という試算もあります。さらに国に強くお願いした結果、今年7月に実現したのが仙台空港の民営化です。

 童門 全国初の地方空港の民営化の試みとして、話題になっていますね。

 村井 ええ。仙台空港の民営化によって、たとえばそれまで全国一律で決められていた着陸料が自由に設定できるようになりました。おかげでLCC(格安航空会社)の参入が増えてきまして、外国からのお客さんも比例して伸びています。

 そもそも国の目標として、2020年の東京オリンピックまでに、外国人観光客数を東北で50万人から150万人、宮城県単独では15万人から50万人に増やすという数字があります。宮城県でプラス35万人を増やす計算になりますが、これは先の経済効果をめぐる試算の33万人とほぼ等しい。こうした具体的な数字を達成する意気込みで観光誘致をすれば、東北沿岸部は絶対に元気になる、と考えています。

 また、「創造的な復興」の一環として水産業復興特区を設けて区画漁業権を一部、漁業者を主体とした企業に免許を付与しました。というのも、現在、宮城県の漁業就労者の平均年齢は65歳なんです。

 童門 かなり高齢化しているんですね。

 村井 はい。日本全体でみても、高齢化によって毎年漁師が1万人ずつ減っている状況です。このままでは日本の漁業は衰退する一方です。これまで区画漁業権は法律で漁協がもつことに決まっていました。水産業復興特区の導入でこうした「既得権益」を一部見直したところ、大きな反対に遭いました。私は宮城県知事選に出る際に漁協の推薦を得ていましたから、「裏切り者」「おまえだけは許さん」といったお叱りも多くいただきました。

 そんなとき、私に勇気を与えてくれたのが『小説 上杉鷹山』だったんです。鷹山は疲弊しきった米沢の地域に農業開発を行ない、養蚕や製紙などの殖産興業を実施して甦らせた。さらに藩校の興譲館をつくり、藩士の教育まで行なった。おそらく周りからみたら「こんなことはできない」と思われるような改革でも、志の力でやり遂げてしまった。私も鷹山の故事に倣い、「全体の利益になることは、どんなに反対に遭ってでもやる」と覚悟を定めることができました。

 童門 村井知事のお話を聞いていて「わが意を得たり」の感を強くしました。なぜなら、上杉鷹山というと、倹約だけの人物だと誤解されている向きがあるからです。でも、けっしてそうではない。必要な投資は惜しみなく行なっています。鷹山の政治手法の新しさは、それまで米作一辺倒であった経済を改め、米沢の自然条件に合った植物を植えて、それを原料にした製品を売ることで、藩財政を立て直そうとした点です。たとえば、漆からは塗料や蠟をとり、楮から紙を漉き出し、桑からは生糸を織り出して、絹織物を生産した。新産業の創出で経済が成長すれば、その恩恵は領民にも行き渡って消費力が高まり、さらに内需が拡大します。

 藩校の興譲館はこうした鷹山の考えを広めるための「研修機関」「PR機関」であり、たんなる精神論を教えていたわけではありません。

 村井 おっしゃるとおりで、質素な格好をしていたから鷹山は立派なわけではない。まず、無駄な出費を抑えるという止血をしながら、入り(収入)を増やしていくための政策を考案し、実行したことに意味があります。まさに、現代のわれわれの自治体がやるべきことです。江戸時代にできた改革がいまの時代にできないわけがない。もしできないとしたら、それは周囲の批判を恐れているからです。反対派の批判を鎮めようとしてバラマキ行政ばかりをやっていては、改革は進みません。その点、私は厳しくやっておりまして、だからこそお叱りばかり受けています。

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著者紹介

童門冬二 (どうもん・ふゆじ )

作家

1927年、東京生まれ。東京都庁に勤め、広報室長、企画調整局長、政策室長などを歴任。退職後、作家活動に入る。著書に、『小説 上杉鷹山』(上・下/95年、学陽書房人物文庫。96年、集英社文庫より『全一冊 小説 上杉鷹山』として刊行)、『上杉鷹山の経営学』(PHP文庫)、『名将 真田幸村』(成美文庫)など多数。


村井嘉浩 (むらい・よしひろ )

宮城県知事

1960年、大阪府生まれ。84年、防衛大学校を卒業し、陸上自衛官に任官。陸上自衛隊東北方面航空隊(ヘリコプターパイロット)および自衛隊宮城地方連絡部募集課にて勤務。92年、自衛隊退職後に松下政経塾に入塾。95年から宮城県議会議員を3期務める。2005年、宮城県知事選挙に当選し、現在3期目。

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