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クレア・レポード フクシマの風評被害を止めたい

2017年03月10日 公開
2017年05月09日 更新

クレア・レポード(エジンバラ大学大学院生) 

新生児に震災による健康被害は見られなかった

 ――クレアさんは昨年、2008年から15年までに南相馬市立病院で生まれた新生児1101人(多胎を除く)を分析し、原発事故後も早産児や低出生体重児の発生率に変化はなかったとする研究結果を発表されました。

 クレア 福島第一原発の事例は、ほかの原発事故とは条件も規模も異なり、そこで得られた知見をそのまま当てはめることはできません。また、事故後の観察期間が短いこともあり、現時点では「放射能が新生児の身体に及ぼす影響は皆無である」と結論付けることはできません。

 しかし、いかなる理由であれ、南相馬の新生児に震災による健康被害が見られなかったという事実を確認できたのは、たいへん喜ばしいことです。

 ――新生児に関するクレアさんの調査は、幼い子どもをもつ母親にとっても大きな励みになると思います。一方で、震災時に福島で生まれ育ったという事実が、子どもの成長過程で心理的影響を与える可能性はないでしょうか。

 クレア 普通に暮らしていれば、自身の出生を後ろめたく思うことはないと思います。そういった感情が子どもに芽生えるということはむしろ、外部的要因やメディアによる影響が考えられます。南相馬の住民の皆さんには、県外の人たちと同様の暮らしができることが科学的に証明されているのですから、安心して生活してほしいですね。

 ――昨年5月7~8日に開催された「こどもと震災復興 国際シンポジウム2016」では、クレアさんは福島県内の医師や海外の研究者と共に、震災の健康影響に関する研究報告を行ないました。会場には、若い世代や家族の姿も目立ったようです。

 クレア 福島に住む若い世代が、生活環境の改善や将来を見据えて真剣に学ぼうとしているのは、非常に意義深いことです。なかには風評被害に悩まされて、真実を知ることを放棄したくなった方もいると思います。そういった人たちにこそ、私たちの調査と研究の成果を届けていきたいですね。

 それでも福島で暮らすことに不安が残るという方は、ぜひ南相馬市立総合病院を訪ねてください。勤務医の坪倉正治医師は、病院で検査を受けた若い親子のためにカウンセリングも受け付けておられます。また、一般市民を対象に、放射能について正しい理解を深めることを目的とした講演会も頻繁に開催しています。こういった機会を活用しながら、福島の人たちが「自ら知る」という行為を通じて、少しずつ普通の生活に戻ってもらいたい、と願っています。

 

テレビや新聞の報道が正しいとは限らない

 ――いまだに根拠なき風評被害に苦しんでいる福島県民は多いといえます。インターネットで「フクシマ」を検索すると、福島に関する悪い噂や事実に反する画像が多く見つかります。「ハフィントンポスト」に投稿したクレアさんの記事(「福島と、『知る』という技術」2016年6月18日)では、自身がかつて抱いていたような福島のイメージをほかの人たちが持ち続けているのは危険だ、と述べられています。

 クレア 私は南相馬に住んでから、当初抱いていた福島のイメージとはまったく異なる事象に多く遭遇しました。自分があまりにも福島に関して無知だったことにショックを受けたのと同時に、そうした「思い込み」は、日常に溢れていることにも気付きました。

 これはとても危険なことです。放射能のレベルや健康被害に関する誤った知識は、そこに居住する人びとの生活に悲劇的な影響を与えかねません。私たちは現実の状況を反映した知識をもって、福島を見るべきです。
 その意味で、科学は福島の真実を知るための一つの手段になります。当病院の正面玄関に設置されている放射能測定機器は、ご覧になりましたか?(取材時の数値は0・132マイクロシーベルト/時、写真参照)身体に影響がないほどの低い数値ですから、私自身気にすることはありませんが、これも科学が示す真実の一つです。

 ――では、実際の現場に身を置けない人びとが、真実から目を逸らさず、また風評に惑わされないで正しい見方をするためには、どうすればよいでしょうか。

 クレア 日本の方にどうしても伝えたいのは、メディアで伝えられる情報を鵜呑みにするのではなく、自分の頭でまず考えてほしい、ということ。テレビや新聞の報道が、必ずしも正しいとは限りません。パニックを引き起こすような客観性を欠いた報道は当然慎むべきです。情報を受け取る側も、それが事実に基づくものであるか否かを一度自分に問い掛けてみることが必要なのです。

 ――原発の可否等で意見が衝突することも多々ありますが?

 クレア 日頃から自分が同意できない考えの文書に触れるなど、異なる角度から物事を深く掘り下げる習慣を身に付けたいですね。

 たとえば、ある男性が福島出身の女性と結婚しようとしたときに、「健康な子どもを産めないのではないか」と思い、両親に結婚を反対されたとしましょう。偏見に満ちた不愉快な事例ですが、そこで「フクシマを差別している!」と感情的になってはいけません。なぜ両親がそう考えるのか想像を巡らしたうえで、反証しうる情報源を提示することです。

 対立する意見をもつ相手と建設的な議論をするためには、真実を知ることだけでなく、相手への理解と想像力も同時にもっていたいですね。

 

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