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松田智生 アクティブシニアで地方創生

2017年05月19日 公開
2017年05月19日 更新

松田智生(三菱総合研究所 プラチナ社会研究センター主席研究員) 

夫婦の「ほどよい距離感」が保たれる

 ――6割の中間層をアクティブ層に引き上げるために、日本版CCRCにどんな仕組みが求められますか。

 松田 必要なのは、一定のインセンティブ(報奨)と少しの強制力、つまり「アメとムチ」でしょう。たとえば、CCRCで50時間働けば、その時間は将来の自分の介護に使える、あるいはその時間を地域通貨として使えるようなアイディアです。

 あるいは「第二義務教育」は、50歳や60歳になったら再び学校に通うアイディアです。学校で地域の歴史や課題を学び、体育の時間は転倒防止運動をします。そこで幼馴染みと再会したり、新たな友人ができるでしょう。単身同士で恋が芽生えるかもしれません。給食も提供されれば、独居老人の食事は助かります。こうしたシニアの背中を後押しする制度設計が必要でしょう。

 ――そういえば、退職後に夫婦で過ごす時間が長くなると、奥さんの家事の負担が増し、夫婦間にストレスが増えることをよく聞きます。CCRCに住めば、食事や洗濯といった家事の負担は軽減されますね。

 松田 集って住む「集住」という暮らしは、主婦の家事の軽減だけでなく、男同士でゴルフに行き、女同士でフラダンスをして、食事は気の合う夫婦同士で一緒にというように、「ほどよい距離感」が保たれます。

 妻は首都圏に残り、夫が地方に単身移住するというケースもあります。私は「ハッピー別居」と呼びますが、彼らに話を聞くと、「以前より関係が良好になった」という。SNSで密に近況報告を行ない、久しぶりに自宅に帰り、妻のつくる味噌汁のおいしさに気付いたという男性もいましたよ。

 

年賀状に書きたくなるような暮らし方

 ――現在、地方創生の主要政策として、すでに全国で約230の地方自治体が日本版CCRCの推進意向を示しています。ところがCCRCの案は議論されても、なかなか実現段階に至らないのはなぜでしょうか。

 松田 CCRCへの誤解や先入観がまだ多いことです。これは主語の問題です。たとえば「首都圏の介護が大変だから地方のCCRCに移住」といえば、地方は「姥捨て山か」と面白くないし、シニアも積極的な住み替えの動機にはならないでしょう。しかし、主語を「私が輝くためにセカンドライフはどうあるべきか」「わが街が輝くためにアクティブシニアとどう連携するか」というように、私主語、わが街主語にすれば、前向きな議論になります。つまりCCRCは、私たち自身の「これから」の物語なのです。それには「ワクワク感」を示すことです。

 リタイア後、シニアが寂しいのは年賀状に書くことが無くなることだそうです。そして男性は老後の年賀状というとなぜか「そば打ち」に走る傾向があるのですが、そば打ちだけでは非常にもったいない。CCRCの近隣の大学で好きな幕末の歴史を学び、学生のキャリアアドバイザーをして、地元の特産品の販路開拓に汗を流す。そんな年賀状に書きたくなるような暮らし方を示すことではないでしょうか。日本版CCRCは地方にハコモノをつくることではないのです。

 ――「ワクワク感」を感じるCCRCというのは、具体的にどんなイメージでしょうか?

 松田 たとえば好きな美術館や博物館の近くにCCRCをつくる「美術館・芸術連携型」や、好きなプロ野球チームのファン同士が住む「プロ野球連携型」。宝塚ファンが集うモデルやテーマパークの近くで家族3世代が楽しめるモデルもあるでしょう。

 また、「企業城下町連携型」は、豊田をはじめ日立や釜石、長崎などの企業城下町でのモデルです。今後、団塊世代以降のリタイアにより、企業城下町の衰退が懸念されます。そこで地元に愛着をもつ企業OB・OGの移住を募り、企業城下町の施設、人材、情報をフル活用して、新たな街づくりに挑んでもらうのです。

 一方、「シングルマザー連携型」は、CCRCで彼女たちに向けた雇用をつくり、さらに居住者の家賃の一部が彼女たちの子供の奨学金になるアイディアです。最近上梓した『日本版CCRCがわかる本』(法研)では、「こんな日本版CCRCなら住んでみたい!」という6分野30のワクワクするCCRCモデルを示しています。

 ――ちなみに、CCRCに適した場所や条件はありますか。

 松田 CCRCの特長は、あらゆる立地で成立するという点にあります。いままでの話の流れでは地方限定で論じられがちですが、都市部や首都圏から近い郊外でも機能する仕組みです。地方移住ありきではないのです。

 ――移住者のライフスタイルに合わせた多種多様なCCRCが生まれれば、家族にとっても選択の幅が広がりますね。

 松田 たとえば地方で暮らすシニア夫婦が、息子夫婦の住む首都圏に移り住めば、孫と一緒に過ごせる時間が増えます。また、積雪地域の雪かきの苦労もないですし、戸建てと比べてCCRCのほうが掃除や食事など家事負担が減ります。

 もちろんCCRCは要介護状態になる前に、元気なうちに入居することが前提です。とはいえ、加齢とともに身体の衰えは避けられません。

 CCRCで必須なのは、「カラダの安心」「オカネの安心」「ココロの安心」の3つです。具体的には、健康支援や予防医療の提供、介護状態になっても継続的なケアを受けられること。米国のCCRCは原則、介護になっても家賃が変わりません。それがオカネの安心です。しかし現在の日本の高齢者住宅は、介護度が上がると費用がかさみます。ココロの安心は、そこで友人ができ、生きがいが見つかることです。

 いま、私が危惧するのは、劣悪な「なんちゃって・CCRC」の粗製乱造です。アメリカでCCRCの認証規格制度があるように、日本でもISO(国際標準化機構)のようにCCRCの認証規格は必須でしょう。こうした認証や格付けが普及すれば、消費者保護になるとともに、事業主体が投資家や金融機関から資金調達することにも貢献します。規制緩和だけでなく、良い意味での規制や認証制度も、CCRCの健全な市場創出のために必要だと思います。

 ――各自治体が構想を練っても、なかなか事業主体が現れないという課題もありますが。

 松田 それがいま直面する最大の課題でしょう。CCRCの事業主体は、民間企業や医療法人、社会福祉法人が中心になりますが、有望と思いつつも、まったく新たなビジネスであるがゆえに、一歩踏み出せないのです。彼らの事業参入意欲を高めるために、規制緩和や、補助や減税などの政策、制度設計が必須です。たとえば、共用部の建設費の補助や容積率への非算入、あるいは居住者の介護度が改善された場合には、奨励金や減税があるような健康インセンティブです。

 また、事業者主体の単独型でなく、地元の病院に大手企業が出資してリスクを軽減する共同方式も考えるべきでしょう。

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著者紹介

松田智生(まつだ・ともお)

三菱総合研究所 プラチナ社会研究センター主席研究員

1966年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。2010年より、CCRCの有望性を提唱し、産官学のアドバイザーを数多く務める。15年より高知大学客員教授を兼務。共著に「フロネシス10 シニアが輝く日本の未来」(丸善プラネット)「3万人調査で読み解く日本の生活者市場」(日本経済新聞出版社)など。新著は『日本版CCRCがわかる本』(法研)。

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