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<連載>「パラアスリートの肖像」第2回 11歳の右腕へ <芦田創(陸上選手)>後編

2017年10月11日 公開

山田清機(ノンフィクション作家)、人物撮影=尾関裕士

 

礒繁雄監督の指導を受ける芦田創選手

 

 織田幹雄記念陸上競技場は、狭山湖にほど近い早稲田大学所沢キャンパスのなかにある。森に囲まれ、野鳥のさえずりが聞こえる美しいキャンパスだ。天然の芝生で覆われたフィールドの上を、上半身裸になった芦田がストレッチをしながら悠然と歩いてくる。

「所沢の蚊は、リオの蚊よりも痒いですよ」

  冗談とも本気ともつかない顔で、芦田が教えてくれた。

  早稲田大学を卒業した芦田は、トヨタ自動車に正社員として入社している。早稲田もスポーツ推薦で入ったわけではなく、系属校からの一般推薦で政治経済学部の政治学科に入学した。現在は早大競走部の礒繁雄監督と契約を結んで、母校の陸上競技場でトレーニングを積む日々を送っている。

  芦田がこのグラウンドにたどりつくまでには、長い迷走の季節があった。迷走中のキーワードは「おもんない」。大阪弁で「面白くない」という意味だ。

 

 

走ることで心が明るくなる

  芦田が早稲田の系属校である、大阪の早稲田摂陵に合格して「ゆるい」中学生時代を過ごしていたとき、右腕切断の危機に見舞われて、突如、走ることに目覚めた経緯は第1回(『Voice』9月号)で述べた。

  芦田はそのまま早稲田摂陵高校の陸上部に入部すると、400m走の選手として急速に頭角を現していき、それと反比例するように右肘の腫瘍は縮小していった。芦田にいわせれば、「走ることで心が明るくなって、免疫力が跳ね上がった」結果である。

  主治医だった田野確郎は、「医学的には、患者の成長期が終わったために腫瘍の細胞分裂も止まったと考えるべき」と前置きした上で、

「芦田君が陸上を始めたことで自信をもって、病気に打ち勝ったことは間違いないですね」

 という。デズモイド腫瘍は、すでに増殖能力のない組織に置き換わったのだ。

「もう、死火山になったと見ていいでしょう」

 高1の5月、インターハイの予選に出場した芦田は、いきなり華々しい戦績をあげることになった。

  大阪府のインターハイ予選は北と南に分かれて行なわれる。芦田はほぼ陸上未経験の状態で400m走に出場し、北の大会で25位に入ったのだ。1年生に限ってみれば、大阪全体で第2位の成績である。

「府大会には進めませんでしたが、なにしろ中学では卓球部だったわけで、芦田っていったい誰や、絶対にインターハイに出られる奴やという騒ぎになったんです」

  芦田にはやや話を盛る癖があるようだが、いわば〝彗星のごとく”大阪の陸上競技界にデビューを果たしたわけだ。

 学校生活も絶好調だった。中学時代からの親友、河原田健人がいう。

「修学旅行で沖縄に行ったときのことです。なにしろ男子校なので部屋にあるテレビに興味津々で、有料テレビのプリペイドカードを買って、みんなで見たんです。ところがその手の番組がブロックされていたので、アッシー(芦田のあだ名)とフロントに文句をいいにいったら、先生にひどく怒られましたね(笑)」

 腕のことをからかう級友はひとりもおらず、絵に描いたような男子校の風景の真ん中に、芦田はいた。

 だが、腫瘍のことをほとんど忘れて練習に打ち込んでいた芦田を、今度は別の病が襲った。

「もう、走るのが楽しくて楽しくて、左右のバランスが悪いことに気づかずにハードな練習を続けていたら、腰をやってしまったんです」

 歩けないほどの激痛に見舞われて、芦田は高校1年のシーズンを棒に振ってしまう。冬になってようやく練習に復帰できたが、今度は高2の初戦で肉離れを起こしてしまった。これも、左右のバランスの悪さが原因だった。

 高2の1年間に5回も肉離れをやって、まともに練習ができるようになったのは、またしても冬からだった。

 高校生活最後のシーズン。芦田はインターハイ出場を目標に掲げて予選に臨んだが、結果は大阪府大会の準決勝で9位。8位に入れば決勝進出、決勝で6位に入れば近畿大会へと駒を進められるはずだった。

 芦田の「やる気スイッチ」は、完全に切れてしまった。

 

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著者紹介

山田 清機(やまだせいき)

ノンフィクション作家

1963年、富山県生まれ。1987年、早稲田大学政治経済学部卒業。鉄鋼メーカー、出版社 勤務を経て独立。著書に『卵でピカソを買った男』(実業之日本社)、『青春支援企業』(プレジデント社)、『東京タクシードライバー』『東京湾岸畸人伝』(ともに朝日新聞出版)など。

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