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日下公人 「情」と「考え」が足りない経営者

2018年05月14日 公開
2022年10月13日 更新

日下公人(評論家/日本財団特別顧問)

「使用人をこき使う組織論」を導入した日本企業

 アメリカ型の組織論をそのまま移植するのは、「使用人をこき使うための組織論」をそのまま持ってくるようなものだといえる。日本とアメリカとでは、組織にまつわる風土伝統が異なる以上、結果的にはそういうことにならざるをえない。

 使用人を働かせるためなのだから、とことんドライでもいい。厳しい実力主義でもいい。

 役に立てばよくて、役立たずはどんどんクビを切ればいい。せっかくITが発達したのだから、使用人同士が情報を共有するのでなく、組織をフラットにして上から下へとダイレクトに情報を伝え、統制すればいい。メールなどでの密告や、たれ込みを暗に奨励して、相互に監視させればいい。

 アメリカ型の組織論を称賛して日本で導入しようという人は、とどのつまり、「日本人を使用人根性に染め上げよう」と考えているのであろう。アメリカで学んだり、アメリカの企業に勤めたりして、使用人根性を身につけた人が、それをほかの日本人に「教えよう」という厚顔ぶりには恐れ入る。しかも、まことにおめでたいことに、それをありがたがって拝聴する日本人も大勢いる。

 だが、そのアメリカでも、組織の中枢を握るインナーサークルのメンバーだけには、「情」の組織論が当然のごとく適用されてきた。「情」の組織論とは、いわば「仲間主義」の組織論である。「使用人」と「インナーサークル」は別立てなのである。

 日本の場合、右肩上がりに成長していた時代は、ある程度大きい組織でも「情」の論理を適用し、何とか家族主義的・仲間主義的な「情」で組織を運営しようとしていた。もちろん、それは「擬制」的な部分も多かったわけだが、しかし、それでも何とか、そういう気風を大事にしようとは考えていた。

 ところが、経済が低調になって、そういう組織運営に無理が生じると、経営サイドとしては、何らかの手を打たなければならなくなった。背に腹は代えられない。組織も整理しなければならない。

 そのこと自体は、企業である以上、当たり前のことである。

 私は1994年に『人事破壊』(PHP研究所)という本で、日本の「仲間主義」が危機に瀕している状況を書いた。そして日本の仲間主義が破壊された理由として4つを挙げた。

 第1には、正社員の採りすぎによって、会社自身がそれを破壊してしまったこと。

 第2には、若い人が新しいタイプの会社を求めて、日本人の就職意識が変化したこと。

 第3に、日本企業の国際化で、仲間主義ではない外国企業と競争するようになって、仲間主義の欠点が表面化したこと。

 第4に、会社の事業がソフト化・サービス化して、仲間主義では対応できなくなったこと、である。

『人事破壊』では、日本の和の経営も、あくまで戦前は正社員とそうでない社員たち(工員や補助職)との格差があまりに大きかったことなどの時代状況のゆえであることを説明し、「和の経営」は中進国の特徴だと書いた。その考えは、現在も変わっていない。

『人事破壊』を発刊した10年後の2005年に、『人事破壊──その後10年そして今から』というタイトルで補筆復刊したが、そこに、日本的経営の特徴として、以下の9つを挙げた。

 1. 仲間をつくって協力する。 

 2. 勤務評定は仲間の評判で決まる。評定権者は仲間であって必ずしも課長や部長ではない。

 3. 勤務評定の期間が長い。ボーナスは毎期・毎年の働きで決まるが、そのほかに10年くらいまとめてどんな管理職にするかというポストの配分へ向けての中期勤務評定がある。それから役員にするかどうかの長期勤務評定もある。

 4. 報酬はおカネだけではなく、名誉もある。それからやり甲斐がある仕事にまわしてくれるかどうかというのもある。

 5. 多くの社員がめざしたのは「仲間の中心人物」になることで、そのコースに乗ることが喜びだった。

 6. それは仲間の働きが見えるポストだった。たとえば人事部、企画部、秘書室など。

 7 .そして社長になるが、社長の仕事は会社を太らせることではなく、会社の内部留保を適切に仲間へ配分することだった。老後の処遇を決めるのが仕事である。

 8. したがって後輩が再度会社を太らせるために努力しているのには干渉しない。指揮しない──という特徴があった。

 9. そして配分が終わったら老害といわれないうちにOB全部をまとめて引退する。

 概ね、日本企業はこういうものであったが、さらにそれから10年以上が経ってみると、また随分と様変わりしている。たとえば、アメリカのようにROE(株主資本利益率)を上げなければいけない、などとますますいわれるようになったのをいいことに、いま挙げた項目のうち7番、8番、9番は大いに蔑ろにされることになった。

 そうすると当然、社員の忠誠心は大いに下落する。また、仲間主義的な気風も、大いに変貌を遂げている。

 もちろん、行き過ぎの仲間主義の罪もあった。だが、日本の会社が仲間主義を放棄していくのも心配であった。

 そこで私は日本の会社が採るべき道が二つあると思った。 一つは正社員としての採用を絞る方法。もう一つはことさらな仲間意識はなくても仕事が進むような会社をつくることである。会社の中心部には仲間として小さいグループで結束した正社員たちがおり、その周辺には高給高能力の専門家集団がいて、さらにその周辺にルーティンワークをしてくれる低給料のグループがいる構造になるだろうとも書いた。

この方向性は、いまも大きく変える必要はないと思っている。

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著者紹介

日下公人 (くさか・きみんど)

評論家

1930年、兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。日本長期信用銀行取締役、東京財団会長などを歴任。現在は、日本財団特別顧問、三谷産業株式会社監査役などを務める。著書に、『新しい日本人が日本と世界を変える』、『絶対、世界が「日本化」する15の理由』(以上、PHP研究所)。

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