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<連載>「パラアスリートの肖像」第10回 ジレンマを生きる <江崎駿(ボッチャ日本代表強化指定選手)>前編

2018年06月12日 公開

山田清機(ノンフィクション作家)、人物撮影=尾関裕士

筋肉が破壊されるというジレンマ

駿は3歳のとき、別の病気に罹って血液検査を受けた際に筋ジストロフィーを発見されている。2年下の弟でやはりボッチャの選手である匠も、同じ病気であることを同時に発見された。

私は筋ジストロフィーという病気の名前は知っていたが、正直にいって、症状についてはまったく無知だった。父親の泰秀が言う。

「筋ジストロフィーは進行性の筋疾患で、徐々に筋肉が衰えていく病気です。成長期は筋肉を作るスピードのほうが衰えるスピードより速いので、駿も小5までは普通に歩けましたが、小6から車椅子になりました」

筋ジストロフィーにはさまざまなタイプがあるが、いずれも遺伝子の変異が原因で発症することが明らかになっている。ただし、原因は解明されているものの、現在までのところ治療方法は見つかっていない。

当然だが、治療方法がない以上、治療を受けることはできない。駿は月に1回程度、理学療法士に可動域(体を動かせる範囲)のチェックを受け、週に2度の訪問リハビリを受けているだけで、病気自体の治療は受けていないのである。泰秀は、こうした状況を比較的冷静に捉えているようだった。

「もちろん、治療の可能性を必死で探った時期もありましたけれど、さすがに、ここ2、3年のうちに治療方法が見つかることはないのだろうと思います。ただ、治療はできなくても、現状を維持できる薬が開発されたらいいな、とは思いますね」

さて、駿はジレンマを抱えていると書いたが、それは、ボッチャのトレーニングを積むことが筋肉の破壊につながりかねないというジレンマである。

筋ジストロフィー患者の筋肉は、雑駁な言い方を許してもらえば、壊れやすく再生しにくい。筋肉を酷使するトレーニングを積めば、筋肉が破壊されるスピードを加速させてしまう危険性があるのだ。

一方で、世界の潮流は「パワー・ボッチャ」という言葉が象徴するように、力の勝負になっている。技術や戦略はもちろん重要だが、それにも増して遠くへ投げる力、勢いのある球を投げる力が重視されているのだ。泰秀が言う。

「健常者の場合、激しい練習によって筋肉の破壊と再生を繰り返すことで筋力が増していくわけですが、駿の場合、筋肉をいったん壊してしまうと再生してこないので、筋力を高めることができません。ですから、なるべく筋力が落ちるスピードを遅めるようにしながら、技術を磨いていくしかないのです」

アスリートが競技スポーツの世界で勝ち抜いていくために体を鍛えるのは、当たり前のことだ。しかし、体を鍛えることが身体に回復不能なダメージを与えてしまう場合、それを当然とはいえなくなる。

泰秀は駿のコーチ役も果たしている。

「土日は、会場を半日しか借りられない場合は3時間、1日借りられる場合は6~7時間練習しています。平日も毎日1時間ほど、自宅のリビングでフォームのチェック中心の練習をします。駿は放っておけば何百球も投げてしまうのですが、ボッチャはたくさん投げればうまくなるわけでもないので、たとえ10球しか投げなくても効果が出る練習方法を考えています。ボッチャは一球一球が勝負ですから」

ボッチャの試合では、展開によって一球の役割が大きく変わってくる。ジャックボールの近くにある相手の球を弾き飛ばす役割もあれば、ジャックボールに近い自分の球を相手に弾かれないための壁になる役割もある。そうした役割を的確に果たす球を投げるには、「一球ずつテーマをもって投げる練習」が重要だと泰秀は言う。

「ボッチャは、突き詰めて考えると、距離ではなくラインを投げるスポーツです。アプローチ(ジャックボールに寄せる球)にせよ、プッシュ(自分の球を押す球)にせよ、ヒット(相手の球を弾く球)にせよ、そのすべてがラインに乗っていなければ試合には勝てません」

江崎親子は練習の内容を精緻化することで、トレーニングを積むと筋肉を破壊するスピードを加速させてしまうというジレンマを、乗り越えようとしているのである。

もうひとつ、駿というよりは、弟の匠が置かれた状況が象徴するジレンマがある。

泰秀によれば、江崎兄弟の病気の進行は、一般的な筋ジストロフィー患者の経過と比べると、かなり遅いほうだという。特に中学3年生の匠は、手動の車椅子を使ってはいるものの、まだ自力で立ち上がることができる。

病気の進行が遅いことは、本人にとっても家族にとっても喜ばしいことに違いないのだが、そうであるが故に、匠は兄に負けず劣らず正確な投球ができるセンスの持ち主でありながら、国際大会に参加する資格を持っていない。なぜなら、まだ「重度」ではないからだ。

日本には軽度の障害者を対象とした「オープンクラス」という独自のカテゴリーがあり、国内戦にはオープンの試合もあるから、匠は現在、このオープンというクラスでプレーをしているのである。

では、2年後に迫った2020年の東京パラリンピックに匠が挑戦できるかといえば、それは彼の病気の進行次第ということになる。症状が進んでBC4のクラス分けを受けることができれば参加の可能性が出てくるが、裏返していえば、症状が進行しない限り東京パラに挑戦する資格を得ることはできないのである。

駿はトレーニングをするほど筋肉の破壊を速めてしまうというジレンマを抱え、匠はいまより筋力が落ちなければ国際クラス分けを受けられず、東京パラリンピックへの挑戦権を得られないというジレンマを抱えている。

パラリンピックが注目を集め、国家間の競争が熾烈になっていくにしたがって、二人が抱えるジレンマに、どのような方向の力が作用していくことになるだろうか。そして、その力は、彼らの精神と身体に、いったいどのような影響を及ぼしていくことになるのだろうか。

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著者紹介

江崎駿(えさき・しゅん)

ボッチャ日本代表強化指定選手

2001 年、愛知県生まれ。あいちボッチャ協会所属。若手ながらずば抜けた強さを発揮し、2016年、強化指定選手選考会に選ばれる。2017年、BC4で「Bisfed2017ワールドオープン」バンコク大会出場。同年、日本ボッチャ選手権大会本大会で準優勝。「アジアユースパラ競技会(ドバイ)」で金メダル獲得。これからを期待される有望選手。

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