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吉田茂を超える、芦田均が残したリアリズム(細谷雄一)

2018年10月29日 公開

細谷雄一(慶應義塾大学法学部教授)

聞き手:編集部 写真:吉田和本

外交感覚に優れた指導者――。これに該当する政治家として、誰が思い浮かぶだろうか。国際政治学者の細谷雄一氏は、卓越したバランス感覚をもつ人物として、戦前に外交官として活躍し、戦後の占領期日本で首相を務めた芦田均を挙げる。吉田茂をも超える芦田の力量とは。※本稿は『Voice』2018年11月号、細谷雄一氏の「芦田均が残したリアリズム」を一部抜粋、編集したものです)

 

「芦田修正」に込められた苦渋の思い

――国土が灰燼に帰した戦後日本で優れた国際感覚を発揮した指導者として、本書『自主独立とは何か 前編』(新潮選書)では、1910~30年代に外交官を経験した芦田均を挙げていますね。

細谷 本書の隠れた主役が芦田であり、幣原や吉田茂よりも傑出して国際社会の動きに敏感だったと私は考えています。

芦田内閣が発足した1948年当時の日本には、複雑なトリレンマ(三者択一)が存在していました。

1つ目は、国連憲章に基づく国際主義です。国連の正式名称は「United Nations(連合国)」であり、日本やドイツなどの旧枢軸国は敵国条項の対象だったわけです。それにもかかわらず、芦田は国連憲章の重要性を早くから理解し、日本は同憲章を尊重して受け入れるべきだと考えていました。

2つ目は、日本国憲法に基づくナショナリズムです。芦田は国連の理念を尊重すると同時に、立憲主義としての憲法も重視しました。憲法という自らの価値の体系に基づいて日本は行動し、安全を確保していくという決意に揺るぎはありませんでした。

3つ目は、国際政治のリアリズムです。各国が利益や安全の確保を求めるパワーポリティクスのなかで、日本の安全保障を他国の善意だけに頼るべきではない、と芦田は考えていたのです。彼は、国連憲章や日本国憲法制定時には深刻化していなかった東西冷戦の動きを機敏に感じ取っていたのです。

こうした国際主義、ナショナリズム、リアリズムというトリレンマをどう調整して解決すればよいか、芦田は苦心することになります。

――そのトリレンマに芦田はどう対処したのでしょうか?

細谷 芦田が生み出した1つの解決策が、憲法第9条2項の冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を挿入する「芦田修正」です。

この「芦田修正」は憲法改正の議論でいまでもよく取り上げられますが、日本国憲法の制定過程における芦田の最大の功績は、「戦争放棄」という理念を受け入れつつ、自衛権の保持を憲法に埋め込んだことです。

第1次大戦後のパリ講和会議に日本政府代表の一員として参加し、1928年の不戦条約(ケロッグ=ブリアン条約)締結の報告に接した芦田は、戦争放棄の理念が世界に広がっていることを認識していました。

ただし、戦争違法化の精神だけでは自国の安全は確保できず、国連憲章に明記された個別的または集団的自衛権の行使が認められるべきである、と考えていたのです。

国際社会からの孤立に陥った戦前日本の反省を生かすとなれば、国連憲章を遵守したうえで、日本国憲法を尊重し、自国を守るための措置を取る必要がある。こうした困難なトリレンマをまさに極めた結果が「芦田修正」であったといえます。

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