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吉田茂を超える、芦田均が残したリアリズム(細谷雄一)

2018年10月29日 公開

細谷雄一(慶應義塾大学法学部教授)

明治人として国体を護持した吉田茂

――芦田が国際主義に加え、リアリズムやナショナリズムを併せもっていた人物だとすると、占領期の日本で長期にわたり政権を担い、主権回復を実現させた吉田茂についてはどう評価しますか。

細谷 吉田は昭和の宰相というイメージが強いかもしれませんが、彼は紛れもない明治人でした。大日本帝国憲法に愛着をもち、天皇陛下に誰よりも尊敬の念を抱いていた。日本の伝統や文化に対する深い愛情が、吉田の根幹にあったのです。

吉田は「GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の要求を呑んで妥協した、アメリカに従属的な人物」と批判されることがあります。

しかし、吉田が占領期の日本でアメリカとの協力を重視したのは、日本が保守してきた伝統、ひいては天皇陛下を何としても守るためです。

敗戦直後の日本を占領した連合国は、アメリカだけではありません。ソ連や中国、オーストラリアは天皇の戦争責任を強硬に主張しており、もし日本がアメリカとの関係を構築できなければ、天皇に批判的な勢力の影響力が増す恐れがあった。

アメリカとの協力はあくまで国体を護持するための手段にすぎませんでした。

吉田は実際には、GHQ民政局が日本に大胆な内政改革を押し付けようとしたことに反発し、また対日講和担当のジョン・フォスター・ダレスによる再軍備の要求も拒絶しました。

民政局をはじめGHQの人間が吉田のことを嫌悪していたのは、アメリカの圧力に逆らったからです。吉田は日本が自主独立する必要性を痛感していたからこそ、アメリカと協力しながらも、日本人としての尊厳と国家の自律性をつねに失わなかったのです。

――吉田も芦田と同じように、国際主義に加え、ナショナリズムとリアリズムを併せもつ名宰相だったわけですね。

細谷 吉田は国際主義と同時に、ナショナリズムへの深い愛着をもっていましたが、自衛権に対する考え方は芦田より抑制的でした。

1946年6月28日の衆議院本会議で、共産党の野坂参三が自衛権の有無について問い質した際、吉田は「正当防衛権を認むることが偶々戦争を誘発する所以であると思ふのであります」と自衛戦争まで放棄するかのような答弁を行なっています。

戦後の平和主義者や憲法学者には国際主義とリアリズムが欠けており、あるいは一部の保守派はナショナリズムとリアリズムは有していても、国際主義への理解が不十分だった。

吉田はどうかといえば、ややリアリズムが揺れ動く面があった。3つの要素を最もバランスよく備えていたのは、やはり芦田だったといえるでしょう。



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