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<連載>「パラアスリートの肖像」第15回 チーム道下 <道下美里(陸上競技選手)>後編

2018年11月10日 公開

山田清機(ノンフィクション作家)、人物撮影=尾関裕士

 

(前回までの内容はこちらから)

 

 

高度なスキルを要求される伴走

道下を支える日本最強の伴走者集団「チーム道下」の中で、現在、平日の火曜日、水曜日、木曜日の午前中の伴走を担当しているのが、道下と同じ三井住友海上火災保険に勤務する河口恵(23)である。火曜日と木曜日はゆっくりとしたペースで大濠公園を周回し、水曜日は別のグラウンドを速いペースで走る練習を積んでいる。

ブラインドランナーとはいえ、2時間56分14秒という世界記録を持つ道下はそれなりに速い。サブスリー(3時間切り)が夢と言われる市民ランナーのレベルで、道下の高速練習のパートナーを務めるのは難しい。

河口が現在、複数いる道下の伴走者の中で、高速練習のパートナーという重要な役割を担っているのは、河口自身がアスリートだったからである。河口が言う。

「私は小学校の2年生の時から陸上クラブに入って、短距離、長距離両方の練習をしてきました。中学からは長距離専門の選手になって、全国で1位にはなれませんでしたけれど、1500メートルで九州大会、全国大会に出場しました」

その後も河口は、高校駅伝の強豪校、北九州市立高校に進学して陸上を続けた。北九州市立高校は河口が3年生の時、北九州地区代表として全国高校駅伝(女子第25回大会)に出場を果たし、全国で17位という成績をおさめている。河口は補欠ではあったが、この時の代表チームの一員として大会に参加している。

高校を卒業すると、三井住友海上の女子陸上競技部に入ることになり、上京した。週に3日だけ一般の事務をやり、それ以外のすべての時間をトラックにも駅伝にも対応できる体づくりに費やした。

ちなみに三井住友海上は、全日本実業団対抗女子駅伝競技大会で最多の優勝七回を誇り、マラソンの土佐礼子や渋井陽子などの名選手を輩出している陸上の名門である。それだけに、厳しい世界でもあった。

「私は2014年から16年まで女子陸上競技部に所属していましたが、実業団は結果を出さないと生き残れない世界です。私は壁を越えることができなかったので、一度気持ちを切り替えて、社会人として頑張っていくことにしたのです」

河口は2016年2月7日の第54回愛媛マラソンで初めてフルマラソンに挑戦し、2時間49分53秒という記録で2位に入賞したが、このレースを最後に引退を決意している。三井住友海上の女子陸上競技部に入部して、わずか1年11カ月しか経っていない。いったい河口に、何があったのだろうか。

「走る楽しさを見出せなくなり、心と体が伴わなくなってきて。気持ちが弱かったのだと思います」

聞きにくいことだったが、敢えて尋ねた。それは、挫折をしたということだろうか。

「挫折……そうですね。気持ちが入らなかったし、そこからもう一度復活するということができませんでした」

女子陸上競技部を引退した河口は、2016年3月、故郷の福岡支社に異動することになった。その月の終わり頃、上司のひとりから新しく入る道下というブラインドランナーが安定した伴走者を求めているが、やってみないかと打診された。

「その頃は、個人的に週1、2回は走っていたのですが、気分転換で走りに行く程度でした。また、道下さんと出会うまでは、ブラインドマラソンというスポーツがあることすら知りませんでした。

ですが、道下さんの伴走をやっているうちに、達成感を得始め、私自身も少しずつ挑戦したいものが見えてきて、もう一度頑張ってみようという気持ちになってきたのです。そうしたら、走るのが楽しくなってきたんです」

河口の気持ちに変化を起こしたのは、道下の存在ももちろんだったが、「チーム道下」のメンバーの存在も大きかったと河口は言う。

「チーム道下のメンバーはとても楽しくやっているのです。そして、東京2020パラリンピックで金メダルを取るという大きな目標に向かって、チーム全体で一緒に頑張っている。私はそこに共感しているんです」

生粋のアスリートだった河口が、道下という他者のメダル獲得を支援したいという心理が、私にはいまひとつ理解できない。アスリートとは、ルール違反以外のあらゆる手段を尽くして、自らが勝者になるために厳しい練習に耐え抜く存在ではないのだろうか。

「私と道下さんは身長も歩幅もピッチも違うので、ひとりで走る時の倍ぐらいキツイですが、練習で設定タイムをクリアできた時の喜びや達成感も倍になるんです。一緒に練習する中で東京2020パラリンピックの舞台で一緒に走りたいという気持ちが大きくなり、道下さんの目指している金メダル獲得に向けて頑張りたいと思ったのです。

道下さんやチーム道下の仲間と出会い、いろいろなことに挑戦する中で多くのことを経験し、学び、達成感を得ています。道下さんが金メダルを取ることが目的ですが、この場所にはメダル以上に得るものがあるんです」

私のように自己顕示欲の強い人間にはにわかに理解しがたい心理だが、河口の明るい表情が、それが真実であることを物語っていた。

長い距離をひとりで走り抜くマラソンは、孤独な競技という印象が強い。しかし、複数の伴走者と走るブラインドマラソンは、健常者のマラソンとは質的に異なるスポーツ、つまりチームスポーツなのかもしれない。そして、伴走という行為は、想像以上に高度なスキルが要求されるものなのかもしれなかった。

河口は、チーム道下のメンバーにガイドロープを持ってもらって、目隠しをした状態で山登りをしたことがあるという。

「チーム道下のみなさんが、ブラインドランナーの気持ちをわかった上で伴走をやるとぜんぜん違うと教えてくれたので挑戦してみたのですが、体に力が入ってしまって、冷や汗が出てきました」

河口に目隠しをして山登りすることを勧めたのは、チーム道下の主要メンバーのひとりである、ホリウチという男性だという。いったいなぜ、彼らは他者のためにそこまでやろうとするのだろうか……。

ホリウチなる人物に、福岡の西鉄グランドホテルで会うことになった。

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著者紹介

道下美里(みちした・みさと)

陸上競技選手

1977年、山口県下関市生まれ。中学2年生の頃、角膜の病気で右目の視力を失い、25歳のときに左目もかすかにしか見えない状態に。その後、30代から本格的にマラソンを始め、2014年、当時の世界新記録に相当する記録をマークするなど、日本を代表するトップランナーに成長。16年、リオパラリンピックに出場し、視覚障がい者女子マラソンで銀メダルに輝いた。

山田 清機(やまだせいき)

ノンフィクション作家

1963年、富山県生まれ。1987年、早稲田大学政治経済学部卒業。鉄鋼メーカー、出版社 勤務を経て独立。著書に『卵でピカソを買った男』(実業之日本社)、『青春支援企業』(プレジデント社)、『東京タクシードライバー』『東京湾岸畸人伝』(ともに朝日新聞出版)など。

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