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村中璃子 医療を蝕む「専門家」の存在

2018年11月22日 公開
2018年11月29日 更新

村中璃子(医師・ジャーナリスト)

専門家が「専門家」になるとき

「がんは治療するな」「コレステロールは下げるな」「医者の出す薬の九割は不要」――。医学界の通説に異論を唱え、医学界では相手にされていないが、一般市民とメディアには人気の「専門家」は日本にもいる。

彼らに共通するのは3つの点だ。

1つには、医師免許という正式な資格や有名大学卒といった肩書があることだ。問題は一般市民が彼らの主張を鵜呑みにしてしまう点にとどまらない。

より深刻なのは、メインストリームの見識ある医者がいくらエビデンスを示し論理的に反論したところで、一般市民には専門家同士が意見を戦わせているとしか見えないことだ。

当然、無資格の自称医療ジャーナリストや新聞記者が「専門家」を批判することは難しく、疑問を感じる力がある場合でもせいぜい扱わないことが精いっぱいである。

2つ目に、「専門家」の主張は、メインストリームの医学界が「過ち」を犯すことの背景には、巨大製薬会社や政府との結託があるからだという陰謀論を出発点としていることである。

ハリウッド俳優や政治家などのセレブリティが「専門家」と協働するアメリカで好例が多数あるので見てみよう。

陰謀論者といえばこの人というくらい有名なのが、民主党議員のロバート・F・ケネディJr.だ。

ケネディJr.は、麻疹、おたふく風邪、はしかを予防するMMRワクチンに含まれる水銀「チメロサール」が自閉症を起こすとし、背後にはチメロサールの危険性を知りながらも巨額の富を得ようとする製薬会社の陰謀と米CDC(疾病予防管理センター)に象徴される医学界との利益相反があると主張してきた。

しかしアメリカでは、2001年までにすべてのワクチンからチメロサールが排除されている。現在に至るまで、チメロサールが自閉症を起こすことを示唆する科学的データもない。ところがMMRワクチン導入後、見掛け上の自閉症患者数は増えている。

これは、自閉症の疾患定義が、映画『レインマン』で知られるようになった「狭義の自閉症」から、軽度のコミュニケーション障害の患者までを含む「自閉症スペクトラム」へと広くなったからだ。

反復行動と知的障害を特徴とするレインマンのような狭義の自閉症患者は、MMRワクチン導入後も増えていない。

3つ目に、「チメロサール」のような耳慣れない専門用語を巧みに用い、漠然とした不安を餌にポピュリスティックな主張を行なうことだ。

たとえば、「水道水を飲む人の2人に1人はがんになる」「水道水には発がん性のあるトリハロメタンが入っている」と聞けば、あたかも水道水に含まれたトリハロメタンががんの原因であるかのような印象をもつだろう。

しかし毒性とは、量の問題であり、摂取経路の問題である。ただの水でも取りすぎれば水毒症を起こし、命にかかわることもある。

いくら体にいいという青汁でも飲まずに点滴すれば死に至るだろう。微量のトリハロメタンが、ヒトでがんを引き起こすというエビデンスはない。

また、国立がん研究センターの統計(2014年)によれば、日本人の2人に1人はがんで亡くなっている。

つまり、水道水を飲むにしろ飲まないにしろ、日本人の2人に1人はがんになる。水道水の経口摂取とがんとのあいだに因果関係は認められていない。

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