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村中璃子 医療を蝕む「専門家」の存在

2018年11月22日 公開
2018年11月29日 更新

村中璃子(医師・ジャーナリスト)

「権利」から「義務」へ

国際基督教大学教授で牧師の森本あんり氏によれば、反知性主義とは知性や知的思考そのものの否定とは関係がなく、知性と権力の結び付きへの反感を指す。

「専門家」をオピニオンリーダーとして広がる反標準医療の根底にあるのも、エビデンスに基づき治療を勧める医者や合理的な政策を進める厚生労働省など「医療エスタブリッシュメント」への強い反感だ。

反知性主義は、「不安や怒りに寄り添うことはすべて善」とするポピュリズムや、自己決定権・自由意志を尊重するリベラリズムとも親和性が高い。

ここ数年の反ワクチン運動と接種率低下にともなう麻疹の流行への対策として、2017年5月、イタリア政府は10種類のワクチンの接種を公立学校入学のための義務とし、子どもが接種を受けていない場合は保護者に罰金を課す法案を通過させた。

しかし、今年3月の総選挙では、ポピュリスト政党の「五つ星運動」がワクチン接種義務の廃止を公約に掲げて当選。8月にはワクチンの接種義務廃止が決定している。

イタリアにおける反標準医療はワクチンにとどまらない。「ホメオパシー」への回帰も見られ、2016年の報告によれば高学歴の女性を中心に人口の16%が1年に一度はホメオパシーを利用するという。

ホメオパシーとは鉱物や薬草を原成分が一分子も検出できないほど希釈した砂糖球「レメディ」を医薬品の代わりに用いる代替医療で、ワクチンをはじめとする標準医療を否定する。

プラセボ(偽薬)以上の効果はないが、日本でも2009年、ホメオパシーに心酔する助産師が、新生児に与えるべきビタミンK2シロップを与えず、代わりにレメディしか与えなかったことで死亡させる事件が起き、日本学術会議などが注意勧告を出した。

五つ星運動および同盟には、麻疹にかかった子どもと一緒に遊ばせて免疫を獲得させる「麻疹パーティ」を推奨する議員や、「ワクチンは自閉症を引き起こし、国家によるワクチン接種義務化は大量虐殺」などと発言する幹部もいる。

また、同盟の党首は「ワクチンは無意味で危険」などと発言している。

しかし、注目すべきは、元フリーターの32歳、五つ星運動のディマイオ党首が、ワクチン接種義務廃止は、ワクチンの接種を制限ですることではなく、「保護者自らが接種するしないを決定できるようにすること」だと主張としている点だろう。尊重すべきは科学の否定ではなく、自由意志であると。

もちろん、自由意志を尊重するリベラルさと標準医療を拒否する傾向は必ずしも比例しない。しかし、橘玲氏が『朝日ぎらい』(朝日新書)で書いているとおり、リベラルの質がグローバルに低下していることはイタリアの事例からも否めない。

橘氏によれば、わが国の10代、20代は共産党を「右派」、自民党を「中道」と見なしており、日本社会全体が保守化しているわけではないという。

一方、ポピュリズムが支配的なアメリカでは、聖書の天地創造説を絶対視し、科学全般に否定的な福音派キリスト教徒は共和党に多く、保守だから標準医療と親和性が高いともいえない。

※本稿は『Voice』2018年12月号、村中璃子氏の「医療を蝕む『専門家」の存在」を一部抜粋、編集したものです。同記事では、上記以外に下記の内容が記されています。

■ 反標準医療の起源
  「権利」から「義務」へシフトした医療

■「正義心旺盛」なメディアが果した役割
     ある番組制作会社が行なった取材方法とは

■ 欧州の麻疹に見る日本の未来
  WHOが警告する日本の国民的忌避状態

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