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千葉雅也&三浦瑠麗 「愛」と「性愛」は切り離せるか?『新潮45』LGBT騒動を振り返る

2018年12月17日 公開

千葉雅也(立命館大学准教授)&三浦瑠麗(国際政治学者)

「嗜好」ではなく「指向」が使われる理由

三浦 そうですね。ただ、女性が男性に「飽きる」作用について考えてみると、それは純愛だといいすぎてしまったがゆえの自己矛盾でもあるように思います。

人間性が好きだったのならば、なぜ冷めるのか? という。男性はフェティシズムの性愛から女性に近づいたうえで人間関係が乗ってくるぶん、女性に対する依存(関係)が長く続くのではないでしょうか。

他方、女性は人間関係が先にきているとはいいつつも、肉体的な興味が衰えてくると一気に熱が冷めてしまうことも少なくない。

その意味では、本当は女性のほうが冷酷かもしれません。もちろん、安易な一般化はできませんが。

千葉 異性愛と同性愛はたんに対象となる性が違うというより、欲望の構造が異なる、と僕は考えています。しかしいずれも欲望である以上、人間性を認め合うといった美しい物語とは異なるドロドロした性愛の側面がある。これはまさに、好むという意味での「嗜好」です。

LGBTの人びとは、「性的嗜好」ではなく「性的指向」という言葉を使うべきだと主張してきました。これは当初は、政治的闘争のレトリックとしての面が強かったと僕は思います。

LGBTは軽い趣味の問題ではなく、重い実存の問題だ、ということです。「指向」には、変更不可能なものだという含意がある。今日では、それが単純化され、生まれつきの生物学的条件にすべてを還元して考えたがる傾向が強まっていると感じます。

それに対して「嗜好」は、後天的で変化可能なものだということになる。ですが、この対立は間違っている。先天的な条件がすべてではないし、後天的に形成された傾向でも強固で変化しがたいものもあるからです。いわば「嗜好が指向化される」ようなこともある。

三浦 なるほど。嗜好が疎まれるという風潮は、言い換えれば「社会は性愛について語ることをやめよ」という言説に加担しているのに等しいのではないでしょうか。

千葉 小川氏の「人間ならパンツは穿いておけよ」(前掲論考)という言葉に象徴されるように、ノンケ(異性愛者)の人たちは、マイノリティの存在によって、いわば「性愛としての性愛」をあらためて意識させられることを嫌がり、性愛は公共性へと乗り越えられるべきものである、という規範を訴えるのです。

こうした性愛の乗り越えを、精神分析の分野では「去勢」と呼びます。同性愛というのは、精神分析的にいえば去勢に対するある種の抵抗にほかならない。言い換えると、同性愛は去勢の手前に拘泥するという意味で「倒錯的」なのです。

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