Voice » 政治・外交 » 在韓米軍撤退の悪夢 対馬海峡が軍事境界線に?

在韓米軍撤退の悪夢 対馬海峡が軍事境界線に?

2018年12月07日 公開
2022年07月08日 更新

村田晃嗣(同志社大学法学部教授)

米国の対中脅威認識は超党派

もとより、1970年代末と今日とでは、朝鮮半島を取り巻く国際環境が大きく異なる。

第1に、米ソ冷戦は30年近く前に終焉し、いまでは米中の新冷戦が顕在化している。米ソ冷戦にとって正面はヨーロッパであったが、米中新冷戦の正面はインド太平洋である。

たしかに、ドナルド・トランプ大統領は中国に対米貿易黒字の縮小を求めて、経済制裁を仕掛けた。だが、この米中新冷戦は、中間選挙のためのトランプ大統領の中国叩きといった一過性のものでないことは、明らかである。

すでに2017年末に発表された米国家安全保障戦略には、「中国とロシアはアメリカの安全と繁栄を侵食することで、われわれのパワー、影響力、利益に挑戦している」という、厳しい認識が示されていた。

さらに、18年10月にワシントンのハドソン研究所でマイク・ペンス副大統領が行なった演説は、中国をアメリカへの挑戦国と位置付け、「邪悪な中国共産党」との戦いを呼び掛けた。

1946年にウィンストン・チャーチル前英首相(当時)がヨーロッパを分断する「鉄のカーテン」に言及したフルトン演説に、ペンス演説は匹敵するという論者もいる。

冷戦の起源について諸説があるように、米中新冷戦の起源も一様ではあるまい。アメリカの対中認識は過去20年のあいだに振幅を繰り返しながら、徐々に厳しいものになっていったのである。

ビル・クリントン政権の関与政策は成功せず、ジョージ・ブッシュ政権はテロとの戦いと中東での戦争に国力を消耗させた。この間、中国が「責任あるステークホルダー(利害関係者)」になることはなかった。

バラク・オバマ政権は途中からアジア重視の政策を打ち出したが、中国の拡張主義を止めることはできず、朝鮮半島問題でも「戦略的忍耐」という名の下に無為無策であった。

経済成長とともに中国がやがて民主化すると期待する者は、共和党か民主党かを問わず、アメリカの政策エリートのなかにはいまやほとんどいない。

中国はヒラリー・クリントンよりもトランプが御しやすいと考えたであろうし、実際、トランプ政権は混乱してきた。

自信をつけた中国は、中華民族の偉大な復興を謳い、憲法を改定して1期5年2期までだった国家主席の任期を無期限にした。習近平は独裁の色彩を強め、少なくとも国家主席を3期15年は務めようとしている。

さらに、2015年に「中国製造2025」を発表するなど、科学技術の分野でも覇権をめざして、アメリカを追い上げている。中華人民共和国建国100周年の2049年に向けて、中国は「百年のマラソン」(マイケル・ピルズベリー)を走行しているのである。

人工知能(AI)やビッグデータなど、われわれの眼前に広がる新たな科学技術はさまざまな可能性を秘めているが、その開発や運用は日本やアメリカのような民主主義国よりも、中国やロシアのような非民主主義国に有利である。

冷戦期に人工衛星の打ち上げでソ連に先を越されたように、これらの分野で中国に先行される「第二のスプートニク・ショック」を、アメリカは真剣に懸念している。

中国の知的財産権の侵害、官民挙げてのサイバー攻撃、不公正な貿易、軍事拡張主義への不満と懸念が、これに重なる。

中国に対する敵対的な認識は、トランプ大統領とその周辺を越えて、超党派で確立している。今日のワシントンでは文字どおり例外的に、中国問題は超党派なのである。

こうした米中対立の最前線に、朝鮮半島は位置している。たとえば、韓国がアメリカのミサイル防衛システムの配備を受け入れたことに、中国が強く反発して、韓国に対して事実上の経済制裁に出た。中国は朝鮮半島の軍事バランスにきわめて敏感なのである。

当然、在韓米軍の削減や撤退となれば、対北朝鮮政策をはるかに超えた意味を帯びる。それは東アジア、否、インド太平洋でのアメリカの影響力と信頼性を大きく損ねるであろう。その損失は年間35億ドルの駐留経費をはるかに超えよう。

他方で、アメリカが北朝鮮との関係を改善すれば、北朝鮮の対中国依存度がその分低下し、米中対立の構図でアメリカにより有利な状況が生まれる。

つまり、米韓同盟関係を維持しながら、米朝関係を改善することが、トランプ政権には求められているのである。

2022年までの文大統領の任期中に、アメリカは米韓連合軍に対する戦時作戦統制権を韓国に移行することになっている。米韓同盟の構造が大きく変わろうとしている。

安倍晋三首相は、アメリカ、日本、オーストラリア、インドという海洋民主主義国でインド太平洋の平和と繁栄を維持するという安全保障ダイヤモンド構想を提唱してきた。

インド太平洋という概念は、すでにアメリカのアジア戦略にも採用されている。対中政策の一環として、アメリカもこの4カ国の協力と、さらには、東南アジアでは最大の人口を有する海洋民主主義国インドネシアとの協力を重視している。

半島国家たる韓国が中国に迎合せず、こうした大きな戦略的構図のなかで米韓同盟を安定させるためには、韓国にもよりいっそうの努力が必要であろう。

Voice 購入

2024年5月号

Voice 2024年5月号

発売日:2024年04月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

トランプだけではない、アメリカの対中不信は“積年の産物”

村田晃嗣(同志社大学法学部教授)

韓国が日本政府を侮辱し続けても、止められない「ごね得」

渡瀬裕哉(パシフィック・アライアンス総研所長)
×