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フレディ・マーキュリーを「神話化」した?『ボヘミアン・ラプソディ』の劇的効果

2019年02月13日 公開
2019年02月22日 更新

伊藤弘了(映画研究者)

「クイーンとファンの絆」の物語

『ボヘミアン・ラプソディ』に登場する猫はどうだろうか。劇中には何度か猫の登場シーンがあるが、ここではラストのライヴ・エイドの場面を押さえておこう。

ライヴ・エイドとは、アフリカの飢餓を救う目的で1985年7月13日に開催された史上最大規模のチャリティ・コンサートである。映画は、その際にクイーンが披露したおよそ21分間のパフォーマンスの「完璧な再現」を謳い文句にしているが、もちろん、そこには脚色が施されている。

具体的には、実際のライヴ・エイドで演奏された6曲のうちの2曲が削除され、全体の時間が13分30秒ほどに切り詰められている。

そもそも、このライヴ・エイドに至るまでの時系列にも変更が加えられている。

たとえば、劇中のフレディはライヴ・エイドの前に自身のHIV感染を知って、メンバーにも伝えたことになっているが、史実では、それがわかったのはこのライヴのあとのことだと考えられている。

こうした時系列の操作や時間の圧縮によって劇的効果を高める手法は、先に見たように『意志の勝利』の基本的な戦略であった。

加えて、映画のライヴ・エイド再現シーンには、実際のライヴ観客が経験できないような空間の操作も見られる。

クイーンがパフォーマンスを行っているウェンブリー・スタジアムの「外」の映像が挿入されているのである。

たとえば、実家のテレビでライヴを視聴しているフレディの家族や、パブのテレビで視聴している市井の人々、寄付の電話が殺到する事務所の様子などである。

これらのショットによって強調されるのは「クイーンとファンの絆」の物語にほかならない。猫が登場するのはこうした文脈である。フレディの自宅でライヴをテレビ視聴している彼の愛猫たちの存在は、クイーンを支える多種多様なファンの範囲を人類以外にまで押し広げるのだ。

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