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世界的哲学者マルクス・ガブリエルが指摘する、米中の“同盟関係”

2019年03月08日 公開
2023年01月16日 更新

マルクス・ガブリエル(ドイツ・ボン大学教授)/取材・構成:大野和基(国際ジャーナリスト)

マルクス・ガブリエル

弱冠29歳で名門ドイツ・ボン大学の哲学科教授に就任したマルクス・ガブリエル氏。彼は、現在のEUは崩壊状態にあり、それに拍車を掛けるアメリカと中国の「同盟」関係が存在するという。世界最高の知性が指摘する、民主主義の未来とは。

※本稿は『Voice』4月号、マルクス・ガブリエル氏の「民主主義を哲学する」を一部抜粋、編集したものです。

 

ヨーロッパは崩壊状態にある

――(大野)EU(欧州連合)は、ドイツ系ユダヤ人の哲学者であるハンナ・アーレントがいう「国民国家が全体主義を生んだ」という反省から、生まれたようにも思います。しかし今日、移民問題や財政問題などを契機に、ヨーロッパでは再び「国民国家化」が進んでいるように見えます。

【ガブリエル】 そのとおりです。われわれはEUにおいて、まさに「国民国家の復活」を目撃しています。

EUの問題は、多くの極端に異なる文化があることです。中国でも各省で文化が異なっているという状況がありますが、EUの場合、グローバル・コンセプトの下にそうした差異が巧妙に隠されている。

ナポレオンやヒトラーなどによって、ヨーロッパを1つの大きな文化に統一しようとした試みは、これまでもすべて失敗に終わりました。現在のヨーロッパは完全な崩壊状態にあります。

――「1つのヨーロッパ」というEUの理想そのものが間違っていたということですか。

【ガブリエル】 EUが国民国家を超えたコンセプトを提示したことは、一度もありません。

ほとんどの国が経済上、軍事上の関係でつながっている弱い構造です。そのアイデンティティは、フィクション(つくり話)とナラティブ(物語)に大いに関係しています。

それらがillusory(偽物だが本物のようにみえる)なのは、間違いありません。われわれは完全な幻覚と愚かさの時代に生きている、ということです。

国民国家もそうした愚かさの1つの形ですが、フランス、ドイツ、イタリア、ポーランド、ハンガリーなど、どの国の文化も古い型のモデルに戻ろうとしています。

ただ、誰もそのことを口にしません。ドイツ政府は、アンゲラ・メルケルがトップに位置する進歩的な国であり、完全にオープン・マインドの国だと見せ掛けています。

ポピュリスト政党は17%の支持率があるものの、その影響は縮小している。しかし、ドイツの内実は、古いPrussian(プロイセン主義)の統治モデルに戻りつつあります。

――つまり、ヨーロッパの歴史は逆転しつつあると。

【ガブリエル】 何が理由であれ、古き良き19世紀の歴史が戻ってきています。こうした動きは、現時点ではまだEUを離脱していないイギリスだけでなく、EUのあちこちで起きています。

ヨーロッパの国民国家は、本当の意味でその地位を捨てたことはありません。ドイツとフランスは、たとえばアメリカのミズーリ州とノースダコタ州が協力するような形で協力したことはない、ということです。

――現在のイギリスはブレグジット(EU離脱)に反対する人が過半数を占めているように見えますが、2016年の国民投票当時は、ブレグジットに賛成する人が過半数を取りました。なぜでしょうか。

【ガブリエル】 もし当時の国民投票で87%が賛成したというのなら、国民の大半がEU離脱に賛同していると確信できますが、52%ではサイコロを投げた結果と同じです。

――このままでは、イギリス国民の同意なしのブレグジットが起きますね。

【ガブリエル】 そうです。イギリス国民は離脱のプロセスを引き起こしたけれども、そのプロセスに同意がないのです。

何人かのクレイジーな人がhard Brexit(ハード・ブレグジット:単一市場を抜けてでも、EUからの要請には妥協しないという離脱)を推し進め、目的を達成しようとしている。

それは誰の利益にもなりません。EUの利益にもならない。EUが弱体化すれば、アメリカや中国の利益にはなるかもしれませんが。

EUは戦後の成功の1つのモデルとして、平和な場所であるふりをしています。まるで大きなスイスであるような場所であると。もちろん実際は、そうではありません。

ただ、EUの加盟国とその市民がEUが平和な場所であるという幻想を抱いて生きていくことは重要です。

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