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「本当は恐ろしい儒教」孔子は名前を利用されただけ?

2019年04月17日 公開

石平(せき・へい:評論家)

 

夫に死なれても再婚は許されない「礼教」の怖さ

北京大学を卒業して地元の四川大学哲学部で助手をしていたとき、機会があって儒教の恐ろしい一面を知ることになった。

大学の同僚の案内で彼の出身地である四川省梓潼(しとう)県へ観光に行ったとき、143名の女性の名前を刻んだ「碑坊」と呼ばれる記念碑を見学した(清朝の晩期に建てられた)。

歴史学専門の同僚の説明によれば、地元出身の143名の女性たちは「節婦」あるいは「烈婦」として認定され、朝廷から表彰されたため、その名前がこうして「碑坊」に刻まれたという。

「節婦」「烈婦」とは何かというと、同僚の説明はこうである。

前漢に成立した儒教は、南宋(1127~1279年)時代に朱子学という新しい教学を生み出し、それを理論的中核にして新儒教としての礼教が成立した。

朱子学は「天理」と「人欲」を対立させて、「天理」を守るために「人欲」を滅ぼすことを唱えるから、新しい儒教としての礼教は結局、人間的欲望や感情を抑圧することを主旨とし、その本領とするものとなった。

そして朱子学が最盛期を迎えた中国の明清時代では、礼教が中国社会を完全に支配することになったから、500年以上にわたった明清時代は、人間的欲望が極端に抑圧されたような憂鬱な時代となったという。

いっさいの欲望と感情を否定されたのは女性である。礼教の掟においては、結婚した女性は夫に死なれた場合、再婚はいっさい許されない。

寡婦(かふ)のままで夫の残した子供を育て一生を送るのか、死んだ夫に殉じて自らの命を絶つのか、という二つの道しか残されない。そして前者は「節婦」と呼ばれて、後者は「烈婦」と呼ばれるのである。

梓潼県の碑坊に名前を刻まれた143名の女性は、清朝時代に「節婦」もしくは「烈婦」となった人びとであると同僚が説明してくれた。説明を終えた同僚は「歴史上の礼教は本当に殺人的だよね」と憤慨して、自らの感想を述べた。

考えてみれば、まさしくそのとおりである。再婚を許されず、夫を亡くした女性たちに「節婦」となるのか、「烈婦」となるのかを迫る礼教というのは、理不尽にして残酷極まりないものである。

そういう女性たちは結局、あの時代の礼教によって女性としての人生を奪われ、そして大事な命までも奪われた。

しかも明清時代の五百年以上にわたってこの野蛮なしきたりが中国社会を支配し、女性たちの運命を翻弄した。中国史の衝撃的な一面であるが、このような時代を支配した礼教とは何だったのか、と思うのである。

それ以来、自分もいろいろと「節婦」「烈婦」のことを調べてみたが、実態はまさしく大学の同僚の説明したとおりであった。清朝時代だけでも、毎年中国全土で「節婦」「烈婦」に認定された女性の人数が何と万人単位になるという驚きの数字もある。

私はこれで初めて、礼教とはそれほど残酷な教学であることを知った。礼教とはまさに「殺人教」であることを知り、大きなショックを受けたのである。

そしてそれと同時に、儒教から発するこのような「殺人」的な礼教は、私が傾倒している『論語』とはまったく異質なものであるとも強く思った。

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『論語』と礼教に共通点はない >

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