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反射光に浮かび上がるキリスト像 日本に2人だけの「魔鏡」の作り手

2019年04月28日 公開
2023年02月15日 更新

早坂隆(ノンフィクション作家)

 

魔鏡はいかにして生み出されるのか?

和鏡師の山本晃久氏

山本さんの工房では、魔鏡だけでなく、神社や仏閣に納める神鏡など、和鏡全般を手掛けている。鋳造から仕上げまで、すべての工程を手作業で行っている。

では、そもそも魔鏡とはいかなる工程を経て作られるのか。

見た目は普通の鏡と変わらない魔鏡だが、その仕掛けの鍵は鏡面の裏側にある。魔鏡の背面には主に松や鶴といった何の変哲もない絵柄が描かれているが、ここにカラクリがある。

実は魔鏡の背面は二重構造となっており、カモフラージュ用に被せられた背面の銅板を取り外すと、中から真の裏面が現われる。

この裏面に、キリスト像などの図柄が微妙な凹凸によって描かれているのである。これが言わば「元の絵」となる。ただし、魔鏡作りの肝はここからである。

次に始まるのが、裏面ではなく、鏡の表側の面を様々な道具を使って削っていく作業である。これが「削り」と呼ばれる工程になる。

「まずはヤスリで削ります。しかし、ヤスリで削ると鏡面に線や筋が付いてしまう。そこで、それらを消すために次に『セン』と呼ばれる道具で改めて丁寧に削っていきます」

センは湾曲のある長細い庖丁のような道具で、両端は木製の持ち手となっている。このセンを巧みに操りながら、少しずつ鏡面を削っていく。

鋳造などの段階を含め、和鏡の制作に使用する道具は、江戸末期の山本家初代・石松の時代から使われているものを合わせ、200種類以上もあるという。

次の工程は「研ぎ」である。センで削った際にできたムラをなくすため、今度は砥石を使って磨き上げていく。

その後、工芸用の炭である朴炭(ほおずみ)と駿河炭で仕上げる。

高度な感覚が求められるこれらの精妙なる作業により、魔鏡の厚みは1ミリほどにまで薄くなる。

すると、裏面に予め描いておいた凹凸による図柄の作用で、肉眼ではわからないほどの微細な凹凸が表側の鏡面にも生まれるようになる。

このミクロン単位の凹凸や歪みにより、魔鏡の現象が発生するという。鏡面の凹凸が乱反射を生じさせ、反射光の中に濃淡ができる仕組みである。
しかし、磨きすぎると鏡が破れてしまうこともあるという。

「魔鏡は薄ければ薄いほど、図柄のコントラストが綺麗に浮かび上がるんです。ですから、極限まで磨き込んでいくわけですが、何週間もかけて磨いていって『もう少し、もう少し』と思っている時に破れてしまうこともある。

そんな時は本当に落ち込みますよ。それまでの作業が無駄になってしまうわけですから。『もっと綺麗に映したい』という欲が強く出すぎると失敗してしまうんですね。その加減の見極めが難しい」

山本さんは苦笑しつつ、その苦悩をこんな表現で吐露する。

「職人というのは『とめどころ』が難しいんですよ」

やめ時を判断する裁量の重要性は、他の職業にも通底する部分があろう。

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