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「デフレで得をしたのは年金受給者」アベノミクスを実行した元日銀副総裁の指摘

2019年05月29日 公開
2022年12月08日 更新

岩田規久男(元日銀副総裁)

 

年金世代にデフレが有利だった理由

デフレは、年金世代にとってはインフレよりも歓迎すべき現象でした。年金制度は、デフレで物価が下がるときには、名目の年金支給額を減らすように設計されています。

デフレでさまざまな物やサービスが安く買えるようになるのは、お金で買えるものやサービスの量が増える、つまりお金の購買力が大きくなるからです。

そうであれば、年金支給額を物価が下がった分だけ減らしても、支給された年金の購買力は変わりませんから、年金受給者の生活に変化はありません。もちろん、悪化もしません。年金支給額を物価下落分だけ減らすことを、年金のデフレスライドといいます。

しかし、日本では老人パワーが強く(たとえば選挙になると高齢者のほうが若い人よりも投票に行くため、政治家は高齢者の意向に敏感に反応します)、長く続いたデフレ下でも、年金支給額のデフレスライドは採用されませんでした。

むしろ速水優日銀総裁などは、高齢者に対して「金利が安いというので、特に年金生活者の方々には非常にご迷惑をお掛けしている」と述べたほどです(総裁記者会見要旨、2000年3月13日)。

年金世代は、デフレでも減らない年金支給額を享受する一方で、定期預金などの名目金利が低いことに不満を述べていました。

しかし、定期預金してどれだけの名目金利を受け取れるかは、お金を借りる側の金利支払い能力に依存します。おいおい説明していきますが、デフレが続く状況では、企業が売る製品やサービスの価格が下がり続けますから、借金する企業はそんなに高い名目金利を払うことはできません。

デフレ下では、名目金利が下がるのは避けられない経済現象なのです。それを「年金生活者の方々には非常にご迷惑をお掛けしている」と述べる日銀総裁はどうかしています。

定期預金金利を高くするためには、金融政策によって一日も早くデフレから脱却することが不可欠ですので、「早期デフレ脱却のための金融政策を運営します」というのがまともな日銀総裁というものです。

国会議員なども「金融緩和政策によって失われた利息収入はいくらか」と白川日銀総裁を糾し、同総裁もまるで失われた利息収入を国民負担であるかのような発言をしています(第一六九回国会財務金融委員会、2008年3月25日)。

新聞等のメディアも同様で、「金融緩和政策により、国民は巨額の利息収入の減少という負担を強いられた」などと、多少とも経済の原理がわかっていれば恥ずかしくていえないようなことを声高に述べて、日銀のQQEを批判することに明け暮れています。

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