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日本企業の「終身雇用制」を破綻させた“真犯人”

2019年06月11日 公開
2019年06月13日 更新

岩田規久男(元日銀副総裁)

『なぜデフレを放置してはいけないか』(岩田規久男)

<<「物価が下がるのはよいこと」と考えがちな世間の風潮に対して、デフレで物価が下がることの大いなるデメリットを、元日銀副総裁の岩田規久男氏が著書『なぜデフレを放置してはいけないか』にて指摘している。

同書ではいわゆる終身雇用を始めとした「日本型経営」がデフレによって立ち行かなくなったと主張している。その一節を紹介する。>>

※本稿は岩田規久男著『なぜデフレを放置してはいけないか 人手不足経済で甦るアベノミクス』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです

 

「日本的経営」不適合説の妥当性

「日本的経営」不適合説とは、90年代以降、急速に進んだグローバル化に対して日本的経営が不適合になったため、日本が長期経済停滞に陥ったというものです。

そこで初めに、この説を取る人びとがいう日本的経営とは何かを明らかにしておきましょう。

「失われた十年の真因」論争当時、日本的経営の特徴としてしばしば指摘された点は、日本的雇用慣行です。日本的雇用慣行とは、終身雇用制、年功賃金制、企業内組合から構成され、相互に補完し合う慣行です。

終身雇用制とは、正規社員として就職した労働者は、定年までよほどのことがないかぎり解雇されずに勤め上げる、という慣行です。

年功賃金制とは、会社に勤めている期間が長くなるにつれて、賃金が上がる慣行です。

最後に、企業内組合とは、労働組合が会社単位に組織されている労働組合のことです。

三つの慣行は、一つが崩れると他も崩れるという意味で、相互補完関係にあります。企業が終身雇用制を採用したのは、労働者は企業内での仕事を通じて熟練していきますが、そうした熟練労働者が途中退社せず、定年まで勤めるようにして、熟練労働者を確保しようとしたからです。

労働者が途中退社せず、定年まで勤め上げるようにするためには、労働者にとってそうすることが有利になるようにしなければなりません。その有利にする制度が、同じ会社に長く勤めるほど有利になる年功賃金制です。この年功賃金制には、退職金が長く勤めたほうが高くなるという制度も含まれます。

終身雇用制と年功賃金制とを組み合わせて、会社での仕事を通じて、あるいは研修を通じて、熟練度を増した労働者を会社に定年までつなぎ止めるためには、労働者が他の職種や他の企業の労働者と組合を形成することは阻止しなければなりません。

アメリカでは、同一の産業に属する労働者が組合を形成するという産業別組合制度が採用されています。仮に日本でも産業別労働組合が形成されると、賃金は産業単位で決まることになり、個々の会社の終身雇用制と結びついた年功賃金制を採用できなくなります。

以上からわかるように、日本の正規社員は終身雇用制により、雇用面では安定した存在であるというメリットを享受する傍ら、いったん就職した会社を自分に向いていなかったという理由で定年前に辞め、より自分に合った他の会社に転職することが難しい、というデメリットを抱えることになります。

しかも、同じ会社での勤続年数が25年を超えると、退職金にかかる税金が安くなります。国家までが、長期勤続を奨励しているのです。

会社のほうも、熟練した正規社員を定年までつなぎ止めることができるというメリットを享受する代わりに、いつまでたっても熟練しない正規社員を解雇することが難しい、というデメリットを抱えています。

90年代の経済停滞は、日本的経営が時代にマッチしなくなったためであるという構造説を採る人は、90年代になって、急にいま述べた日本的雇用慣行のデメリットがメリットを上回るようになった、と主張していることになります。

しかし、なぜ90年代に入って、急に日本的雇用慣行のデメリットがメリットを上回るようになったのでしょうか。その理由として、経済のグローバル化を挙げる人がいます。グローバル化が進むと、今まで会社が育てた人材とは、全く異なる能力をもった人が必要になります。

しかし日本的雇用慣行では、会社内でそうした新しい能力をもった人材を育てなくてはならず、時間がかかりすぎて生産性が上がらず、グローバル化の波に遅れた、というのです。

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