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「高齢ドライバー対策」では事故が減らせない“根拠”

2019年06月13日 公開

伊藤安海(山梨大学大学院総合研究部教授)

日本で健康起因事故が問題とならない理由

近年、道路交通法が改正されるたびに高齢ドライバーへの認知症のスクリーニング(認知機能検査)が強化されてきたため、高齢ドライバー問題の本質は認知機能の低下である、と思われるかもしれません。

たしかに、年齢を重ねるごとに病気に罹患したドライバーの割合は多くなり、それは交通事故の大きな脅威となりますが、そのなかで最大の脅威は認知症なのでしょうか。

じつは、フィンランドやカナダ等の調査結果から、交通死亡事故の1割以上がドライバーの体調変化、とくに意識喪失に起因した事故(健康起因事故)であることが明らかになってきました。

わが国でも、2011年には、てんかん発作で意識を失ったドライバーにより栃木県鹿沼市で登校中の6人の小学生がクレーン車にはねられて死亡する事故が発生したことは記憶に新しいところです。

翌年の2012年には京都府でてんかんの持病をもつ男性が自動車を暴走させて8人が死亡する事故や、群馬県でツアーバスの運転手が睡眠時無呼吸症候群の影響で運転不能になり45人が死傷する衝突事故が発生しています。

健康起因事故の引き金となる疾患としては、不整脈、脳血管疾患、大動脈疾患、糖尿病(その治療薬による低血糖)等が挙げられますが、これらに罹患するリスクは高齢者ほど高いため、高齢ドライバーの増加による健康起因事故の増加に対しては早急な対策が必要です。

にもかかわらず、わが国で健康起因事故が大きな問題となっていないのはなぜでしょうか。

真っ先に、私からお詫びします。科警研在職中、都道府県警の科捜研職員や交通捜査の警察官に対して、交通事故の鑑定・捜査に関する教育を行なうなかで、事故を起こした当事者の持病や健康状態を十分に調査・検証するようにといった指導はしてきませんでした。

その結果、たとえば単独事故でドライバーが死亡しているような場合、その多くは交通統計上、運転ミスや漫然運転として処理され、わが国の健康起因事故件数はきわめて少ない数字で推移してきたのです。

つい最近になって、滋賀医科大学の一杉正仁教授らが国内における健康起因事故の実態調査に乗り出し、わが国でも交通事故の約1割はドライバーの体調変化によるものであることが明らかとなってきました。

また、私自身も過去の後悔から、現在は科警研と共同で交通事故のミクロデータ(裁判資料等)を洗い直し、埋もれている健康起因事故の掘り起こしと再発防止に向けた医工学的分析を行なっています。その結果、健康起因事故が疑われる事例が見つかり始めています。

たとえば、NEXCO中日本から情報提供を受けた、「高速道路上で追突された車両のドライバーが死亡し、追突した車両のドライバーが加害者とされた事故」の詳細を調べてみると、被害車両が不審な挙動をしていたことが明らかとなりました。

じつは、追突された車両は、片側三車線の真ん中の車線でハザードランプを点灯させて停車していたのです。このドライバーには何らかの体調急変があったと推測されます。

超高齢社会のわが国では、知り合いが脳梗塞や心筋梗塞で倒れたといった話は日常的になりつつあります。であれば、自動車運転中にも多くのドライバーが意識を喪失する可能性があります。

このことは、最近議論されている、「自動車運転の上限年齢の設定」や「高齢ドライバーへの免許更新試験の導入」といった対策では防げない交通事故が数多く存在することを意味しています。



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