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韓国「元徴用工訴訟」の原告が「元徴用工ではない」矛盾

2019年07月17日 公開

櫻井よしこ&洪ヒョン

 

請求権問題は両国政府が「解決済み」と確認したはずだった

【櫻井】徴用工をめぐる不当判決に関して、まず明確にしておくべき点は、今回の韓国人元労働者への補償に日本の政府も企業も全く責任はない、ということです。

1965年の日韓請求権・経済協力協定の第二条は「国及びその国民(法人を含む)」の請求権問題は「完全かつ最終的に解決されたこと」を日韓両国が確認する、と明記しています。

賠償などの請求権問題は、個人のものも法人のものもすべて解決済みだ、と両国政府が確認したのです。

日本政府は当時、念には念を入れて日韓間の議事録も交わしました。そのなかに、請求権に含まれるもの、つまり、すべて解決済みとされるものは何かについて8項目にわたる説明があります。戦時徴用労働者の未払い賃金と補償も含まれており、解決済みであることを二重三重に明記しています。

したがって安倍晋三首相が、判決直後に間髪を入れず「国際法に照らしてありえない判断だ」と述べたのは当然なのです。

一方で、前にちょっと触れたように、首相が重要なことを指摘しました。この裁判の原告4人は徴用工ではなく、民間企業の募集に応じて渡日した「旧朝鮮半島出身の労働者」だったということです。とても大事な点です。

これまで韓国側は無論、私も含めた日本のメディアは皆、4人の原告を「元徴用工」だとしてきました。日韓両政府もそのように呼んできました。司法の場で「徴用工」といわれてきたことをそのまま信用してきたわけです。

徴用とは「国家権力により国民を強制的に動員し、一定の業務に従事させること」(『広辞苑』)です。いったん発せられれば、国民は拒否できません。

 

朝鮮半島での戦時労働動員は三形態あった

朝鮮半島での戦時労働動員には、三つの形態がありました。第一は、1939年から41年に企業の募集担当者が朝鮮に渡り、実施した「募集」です。

第二が、42年から44年9月までの期間、朝鮮総督府が各市・郡などに動員数を割り当て、行政の責任で募集し民間企業に割り振った「官斡旋」です。お役所が仲介した募集ですが、職場や職種について納得がいかなければ断る自由がありました。

第三が、44年9月から45年3月ごろまで発動した「徴用」です。

原告4人は全員が、募集に応じた労働者なのです。4人のうちの2人は43年9月に平壌で日本製鐵(新日鐵住金の前身)の工員募集広告を見て応募し、面接に合格して募集担当者に引率されて渡日し、大阪製鐵所の訓練工となりました。

もう一人は41年、大田(テジョン)市長の推薦で勤労奉仕の「報国隊」に入り、日本製鐵の募集に応じ、担当者に引率されて渡日し、釜石製鐵所の工員となりました。

最後の一人は43年1月、群山府(現在の群山市)の指示で募集に応じ、日本製鐵募集担当者の引率で渡日、八幡製鐵所工員となっています。

つまり、4人とも徴用の始まる44年9月以前に、募集に応じて日本に働きに来た人たちだったのです。彼らに対する処遇は、戦争が長引くにつれて日本の男性の多くが徴兵され、国内産業を支える人手不足が顕著になっていた状況の下、総じてよかったといえます。

日本の常識で判断すれば、間違った事実に基づく韓国大法院の判決は無効なはずです。

ただそう考えるのは日本人だけで、韓国側は募集も官斡旋もすべて強制的な徴用だと主張しているため、まったく話が通じません。

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