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辛坊治郎 「年金制度に打ち出の小槌はない」

2019年08月08日 公開
2019年08月08日 更新

辛坊治郎(大阪綜合研究所代表)

マクロ経済スライド廃止を訴える共産党の暴論

――参院選前には、老後資金2000万円問題が物議を醸しました。ところが選挙戦において、与野党間で社会保障の建設的議論が展開されたようにはみえません。

【辛坊】 国民の最も関心のある社会保障論議は、与野党ともにお粗末でした。政府与党は、公的年金制度の健全性を5年に一度チェックする『年金財政検証』の公表を遅延しています。

通例の日程だと6月の中旬には公表しているはずなのに、いまだ発表されていません(7月29日時点)。これは明らかに、検証結果が選挙に不利に働かないようにしたかったからでしょう。

一方の野党も、政府与党に対する代替案を示すことはできませんでした。立憲民主と国民民主は、年金制度において与党に厳しく迫ることはなかった。

なぜなら、両党のルーツである旧民主党は政権時代、現在の「100年安心」を謳う年金制度を是認していたからです。

当時の民主党は、すべての人に月7万円以上を給付する最低保障年金を掲げたにもかかわらず、財源の見込みが立たずに頓挫しました。

そこで自民党時代から続く年金プランを受け継いだため、立憲民主と国民民主は、現行の年金制度を強く批判することができないのです。

他方で共産党は、マクロ経済スライドの廃止を主張しました。これは私にいわせれば、無茶苦茶な暴論です。

――マクロ経済スライドとは、現役人口の減少や平均余命の伸びなどの社会情勢に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みですね。

【辛坊】 共産党が廃止を主張するマクロ経済スライドがなぜ必要かというと、現在の年金受給者の「もらいすぎ」を和らげ、負担している現役世代にツケを回さないためです。どういうことか。

人口減少と少子高齢化に直面する日本では当然、年金を支払う現役世代は減る一方で、もらう側の高齢者は増えていきます。その構造のなかで年金制度を維持するために、年金の給付額を調整すると、金額は下がります。

――だから共産党は、現在の年金受給額を下げさせないために、マクロ経済スライドの廃止を訴えている。

【辛坊】 ところが、現在の高齢者はじつは、彼らが現役時代に支払った年間保険料に比べて、きわめて高額なお金をもらっています。

その額は、共済年金・厚生年金受給者の場合、現役時代に払った掛け金(企業負担分は除いた本人負担分)の7~8倍です。

これは平均寿命まで生きた前提の計算で、掛け金は現在の価値に換算しているため、「昔は賃金水準が低かった」との批判は当たりません。

夫婦で公立学校の教師を務めていた家庭だと、月額世帯収入が50万円を超えている場合もある。

この50万円を負担しているのが、いまの現役世代です。たとえば月給30万円の人がいま払っている厚生年金保険料は、30万円(月給)×18.3%(保険料率。労使折半のため給与明細では半額)=5万4900円と、大きな金額です。

――給与明細をみて「え、手取りでこんなに引かれるの?」と驚いた経験があります……。

【辛坊】 共産党の主張していることは一見、聞こえがいいようにみえて、高額な年金を受給している高齢者への支払いを下げず、その負担を現役世代に背負わせるものです。これはどう考えても社会正義に反するでしょう。

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