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200年前のベストセラーに見えた「フランス革命」を“罵倒”するイギリス人



2019年10月18日 公開

エドマンド・バーク、佐藤健志(訳)

 

自由なら何でも良いのか?

力強く、モラルを持ち合わせ、秩序と両立する自由──それを愛する点では私とて、名誉革命協会のいかなるメンバー(実際にどんな連中かは知らぬが)にも劣らない。他国の人々が自由を享受しているからといって、妬(ねた)んだりするつもりも毛頭ない。

けれども人間社会に関する事柄については、肯定するのであれ否定するのであれ、まずはじっくり見定める必要がある。

社会は抽象概念によって構成されているわけではない。抽象概念なら、他のあらゆるものから切り離された形で、むきだしのまま存在しうるだろう。しかるに現実の社会では、いかなる政治的理念も、具体的な状況と無縁ではない。

この具体的な状況というやつ、ある種の連中には何の関心も引き起こさないようだが、じつはこれによって、同じ理念が異なる特徴を持ったり、違った結果をもたらしたりする。社会的な事業や政策が、利益をもたらすか害悪となるかは、具体的な状況との兼ね合いで決まるのだ。

抽象的に割り切れば、政府があるのは良いことであり、自由もまた望ましい。だからといって、たとえば10年前の段階で「フランスには政府がある、したがっていい国だ」などと評価できただろうか?

いまと違い、10年前のフランスには政府と呼べるものが存在したにしろ、まずはその政府がどんなもので、いかなる形で国を治めているかが問われねばなるまい。

だったら現在、「フランスは自由になった、したがって革命は望ましい」と評価してしまっていいだろうか? 抽象概念としての自由は、たしかにプラスの価値を持つ。

だとしても、精神科の病院から脱走した患者に向かって「輝く太陽のもとに飛びだし、自由になれて良かったね」と祝福するのは妥当なことか? 薄暗い病室に閉じ込められることで、患者はむしろ守られていたのだ。

追いはぎや殺人を犯したかどで収監された犯罪者が脱獄したら、彼が人権を取り戻したことを称賛すべきなのか? 厳罰を受けて当然の連中に親切にしてやるのが、かえって仇(あだ)になることは『ドン・キホーテ』の物語にも描かれている通りである。

自由を求める動きの高まりは、はじめのうち「あらゆる制約を取っ払いたい」という形で表れる。この段階で言えるのは、止めようのない勢いで何かが噴出していることにすぎない。それは炭酸ガスが爆発的に噴き出すのと似ている。よしあしを冷静に判断するには、この発泡現象が静まるまで待たねばならない。

ブクブクと盛んに泡立つ表面の下で、何が起きているか見えるようになってからということだ。「人々は幸せになった」と公言するには、ほんとうに幸せになったかを確かめる必要がある。

お世辞とは、言う側と言われた側をそろって堕落させるもの。国王にへつらうのは見苦しいが、民衆にへつらうのは望ましいなどと思ってはならない。

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