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ノーベル賞経済学者が「日本とアメリカは似ている」と分析した理由

2019年11月29日 公開

柿埜真吾(かきのしんご:経済学者)

 

「日本特殊論」は正しかったのか?

アジアの片隅の非欧米社会がなぜ、高度経済成長を遂げることができたのか。当時も様々な仮説が唱えられたが、多くは日本社会の特殊性を強調したものだった。日本人の「生まれながらの集団主義」4といった要因が有力候補に挙げられた。

何より注目されたのは、日本の通産省(MITI)をはじめとする官庁による産業政策である。

英国のEconomist誌は、日本を「今日、世界で最も巧みに行われている統制経済」と紹介し、米国商務省の報告も、政官財が一体化した「日本株式会社」は西洋と異なるルールに従うと論じていた。この報告にはスタンズ商務長官(当時)が序文を寄せている5。

こうした見方の決定版はジョンソンである。ジョンソン[1982]によれば、「通産省の歴史は近代日本の政治および経済の歴史の中心である」6。

日本は特殊な発展指向型国家(Developmental State)であり、西洋市場経済のルールには従わない。その経済発展はMITIの官僚たちが巧みな経済計画で意識的に作り出したものであるという。

こうしたイメージは欧米で繰り返し紹介され、1980年代から1990年代前半に日米貿易摩擦が激化すると、日本の閉鎖的経済への批判は頂点に達した。

ステレオタイプな日本像とは対照的に、フリードマンは、早くも1960年代に日本経済の成功を自由市場経済と結び付けていた。

フリードマンは、雇用をはじめとする日本の制度の特殊性を認めながらも、「日本人は、これらの制度の枠内で、経済的諸力を活用させる方法を実に器用に見出している」と指摘した。

具体的には「終身雇用とは別に臨時雇用を採用」しており、「臨時雇用は解雇や整理の対象となる」ことや「大企業はより柔軟性を得るために大量の下請け企業を抱えている」ことを挙げている7。

 

驚くべきフリードマンの先見性

1966年の講演では、日米には文化等に違いがあるが、それらはむしろ表面的相違であり、両国の経済には多くの共通点があると分析、日本経済は先進国へとキャッチアップする過程にあるため、米国よりも高い経済成長率を達成できると指摘した。

フリードマンによると、日本は統制経済の有効性を示す実例どころか「自由な社会こそが発揮できるいくつかの素晴らしい利点を、経済の面においても政治の面においても示している非常によい実例」である9。

フリードマンが証拠として挙げたのは、日本の経済成長が自由市場、自由貿易の時代に加速し、身分社会だった江戸時代や、太平洋戦争時の戦時統制経済の時代には停滞したという事実である。

明治時代の日本は「自由貿易の効果を証明する顕著な実例」であり、戦後の経済成長も自由市場の成功を物語っている。フリードマンは、日本を文化や制度は違っても、欧米と同じ自由市場経済だと見なしていた。今日から見ても、フリードマンの日本経済の理解は極めて的確である。

当時、有力な経済学者の間でさえ「近代産業部門の雇用関係が米国や西洋経済のそれと全く異なっている」日本は「極端に非競争的な社会」(トービン10)といった見方が主流だったことを考えれば、フリードマンの先見性は注目に値するだろう。

実際、高度成長期以降の日本経済の展開は、日本の官僚が特殊な能力を持ち、日本の経済成長を主導しているといった幻想をすっかり吹き飛ばしてしまうほど悲惨なものであった。

今ではわざわざこうした議論を批判するまでもないかもしれない。産業政策万能論や日本特殊論への優れた批判としては、原田[2007]、三輪・ラムザイヤー[2007]、大来[2010]等の優れた著作があり、日本経済の成長は産業政策によってもたらされたのではなく、むしろ特振法などの産業政策が民間企業の抵抗で実施できなかったからこそ成功したことを明らかにしている。

原田[2007]は、豊富な歴史的実例を挙げながら、日本の伝統はむしろ自由主義的であり、戦前戦後を問わず、産業政策や軍国主義、戦時統制経済ではなく自由市場が日本の繁栄をもたらしたことを実証的に明らかにしている。

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