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武士は「清潔な美しさ」を重んじる

2020年01月07日 公開

菅野覚明(皇學館大學特別招聘教授、東京大学名誉教授)

菅野覚明(皇學館大學特別招聘教授、東京大学名誉教授)※写真はイメージです。

ある小説には、主君の前に出るのにヨレヨレの格好をして風呂にも入らず、主君から臭いといわれるような武士が登場します。いろいろ理由は書かれていますが、しかし、現実にはそんな武士などいたはずがありません。もし、そんなことを主君からいわれようものなら、それだけで切腹です。武士は、身だしなみの乱れや、いい加減な振る舞いをとても嫌います。

今日の小説で、前述のようなだらしない格好をした武士が描かれるのは、「人間らしさ」という、まさに近代的な感覚を入れているのかもしれません。しかし、本物の武士たちには、「人間らしさ」などという考えは、もちろんありませんでした。武士は武士らしい武士になることをめざしていたのです。

※本稿は菅野覚明著『本当の武士道とは何か 日本人の理想と倫理』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。

 

なぜ掃除をするのか

「金持ち喧嘩せず」という言葉がありますが、実力があって自信がある人間は、馬鹿なことはしないものです。道徳が身につかないのは、実力がなく自信がない人間です。要するに、弱いから、卑怯なことや馬鹿なことをするのです。

道徳ばかりでなく、美学も同じです。

たとえば武士の美学として「清潔さ」「きれいさ」という言葉を挙げることができます。

真の武士たる者、華美を好むというより、端正で清潔な美しさを好む。しかし、それは単なる趣味からきているのではありません。やはり、強さと結びついています。

自衛隊のような組織に行くとわかりますが、軍隊は掃除ばかりするところです。兵器から軍服まで、丁寧に手入れをしてピカピカに磨き上げていきます。

なぜ掃除をするのか。それは、戦闘者とは「見る存在」であるからです。見る力が強いほど、その武士は強い。つまり、相手の油断や隙を見つけられるかどうかです。隅々まで神経が行き届いていなければ、相手の油断や隙は見つけられません。

逆に、自分も敵から見られています。敵が自分を見る力と、自分で自分を見る力との、どちらが勝っているか。そこが勝負の分かれ目になります。

もし敵の力が勝っていたら、自分の隙を衝かれてしまうでしょう。だから、隅々まで神経を行き届かせて、敵以上にじっくりと見詰めることができるよう、日頃から鍛錬を積まなければならないのです。

実は、掃除とはそういうことなのです。隅にホコリがあることに気づくか、気づかないか。新兵などは、一生懸命磨いても古参兵から「まだ汚い」といわれる。それは、古参兵のほうが見る力量が上だからです。日常の掃除によって、見る力を養っているのです。

武士が端正、清潔を好むというのは、隅々まで神経を行き届かせることと同義であり、すなわち「生きるか死ぬかの戦闘の現場」での強さに直結するものなのです。



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