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米国による拠出金停止の衝撃…WHOは保健協力の世界政府ではない

2020年05月06日 公開

詫摩佳代(東京都立大学法学政治学研究科教授)

新型インフルエンザ時の国際連携

加盟国の協力があって初めて有効に機能するという特質は皮肉にも、米ソという二大覇権国が存在していた冷戦期に活かされることとなった。

1950年代にマラリア根絶事業を主導していたアメリカに対抗して、ソ連が天然痘根絶事業を提案した。1960年代にはアメリカが、ベトナム戦争で失墜した国際的信頼を回復すべく、天然痘根絶事業に意欲を見せる。

結果的に米ソを中心とする各国からワクチンと資金が提供され、WHOのもとで根絶キャンペーンが展開された。ポリオに関しても米ソの協力のもと、安価で手軽な経口生ポリオワクチンが開発され、その抑制に大きく貢献した。

米ソは政治的に対立しつつも、各陣営内で感染症を抑制し、影響力を拡大するという、いわば共通の目的を有していたために、結果的に感染症を巡って協力することとなったのだ。

天然痘根絶とポリオの抑制は幸運にも、米ソのリーダーシップに支えられて成し遂げられたものであった。

その後も現在に至るまで、たびたび感染症の流行は見られてきたが、対処の様相には個々のウイルスの特性に加え、その時々の国際政治状況が大きく反映される。

そのため、単純に過去の事例を頼れるわけではないが、それでも、ある一つの教訓が導き出せる。感染症の流行を終息させるには、前述の天然痘根絶のように、国際社会の連携が必要だということだ。

最近、感染抑制に比較的成功した事例は、2009年の新型(H1N1)インフルエンザであろう。アメリカで人から人への感染が確認されたのが2009年4月15日、アメリカは状況を即座にWHOに報告し、その10日後の4月25日にWHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言した。

前日の4月24日には、アメリカはウイルスの遺伝子配列を国際的なインフルエンザ・データベースに公開、それに基づきワクチンの研究開発が進められた。

6月11日、WHOはパンデミック(世界的大流行)を宣言、9月15日には米国内でワクチンが承認、同年秋以降ワクチンの接種が行なわれた。

結果的に2009年春からの1年間、アメリカでは約6000万人が感染、約1万2000人の死者を出したが、これは季節性インフルエンザとあまり変わらないとしてWHOの「過剰反応」が批判される一幕もあった。

しかし保健協力の目的が感染の広がりを抑え、治療やワクチンの開発を進めて死者を最小限に抑えることだとすれば、WHOとアメリカの緊密な連携のもと、うまく対処された事例であったといえる。

2014年、西アフリカでのエボラ出血熱の大流行は、WHOのキャパシティを超える様相を呈した。そのような状況下で、アメリカのリーダーシップに刺激された各国の連携が際立った。

2014年9月、当時のオバマ米大統領は「エボラ出血熱の流行は、世界の安全保障上の脅威」をもたらしうるとして、3000人の軍展開を含む支援拡大を表明、派遣された人員は現地で治療施設の整備や患者の対応に当たった。

フランス、中国、イギリスなどもアメリカに続き、財政支援や人員派遣を行なった。9月25日には各国の首脳らが集い、国連でハイレベル会合が開催、エボラ出血熱はアフリカだけにとどまらない国際社会の平和と安全に関する問題だとして、国連エボラ緊急対応ミッションが設立された。

当ミッションは当時リベリアで展開されていたPKO(国連平和維持活動)とも連携、感染症対応における連携の重要性を印象付けた。

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