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新型コロナ、米国の指導力の穴を狙う中国の「マスク外交」

2020年05月11日 公開

詫摩佳代(東京都立大学法学政治学研究科教授)

詫摩佳代

アメリカのトランプ大統領は今年4月、同国のWHO(世界保健機関)への拠出金停止を発表した。米中対立が先鋭化するなど、新型コロナウイルスにおける国際協力は十分とはいえない。東京都立大学法学政治学研究科教授で、保健協力について詳しい詫摩佳代氏は、問題はWHOではなく、連携が不十分である国際社会の機能不全にある、と指摘。そのとき日本が果たすべき役割は何か。

本稿は月刊誌『Voice』2020年6月号、詫摩佳代氏の「WHOは保健協力の世界政府ではない」より一部抜粋・編集したものです。

 

問題はWHOではなく、国際社会の機能不全

国際社会の連携並びに大国のリーダーシップが欠如しているのが今回の新型コロナウイルスである。

国内で人から人への感染が確認されると速やかにWHOに報告した2009年のアメリカとは対照的に、10年後の中国は2019年11月ごろから感染を把握していたにもかかわらず、同年末にようやくWHOに報告した。

問題の武漢の海鮮市場は中国当局によって封鎖され、感染源や感染経路もまだ不明な部分が多い。

また、公衆衛生上の緊急事態の宣言がなされたあとでも、WHOが勧告するサーベイランス(調査監視)等の基本的な対策を実施していない国もあった。

世界規模の公衆衛生上・安全保障上・経済上の危機であるにもかかわらず、首脳会合はなかなか開催されず、G7外相会合が開催されたのは3月末であった。

EU(欧州連合)も加盟国の難局に対して有効な対応ができず、中国とロシアはその隙をつくかのように欧州各国に支援を展開している。

中国の初動の遅れが世界的な感染拡大を招いたことは誰の目にも明らかであった。このような中国に対して、WHOは協力の姿勢を貫いた。感染症の抑制には発生国との緊密な連携が必要である。

2003年SARSの際、対応の遅れと情報隠蔽という問題を露呈した中国に対して、WHOは二の舞とならないよう、友好的な姿勢でもってコミュニケーションを図ろうとした。

そのようなWHOの姿勢は、高まる中国批判や米中対立と絡まり合い、熾烈な批判を浴びることとなった。

WHOと加盟国の関係はいってみれば、車とガソリンの関係に似ている。WHOという車が存在しても、加盟国の協力というガソリンが注入されなければ走ることはできない。

2003年SARSのときも、2009年新型インフルエンザのときも、そして今回の新型コロナも、WHOは発生国から報告された情報に基づき、状況を判断し、然るべき勧告を出すというまったく同じ仕事をしているにすぎない。

ただし今回は、そのようなきわめて粛々とした働きが、中国の動きと一括りにされ、WHOを感染の抑制に活用しようという加盟国の政治的意図が欠如していた。

その結果、当該組織は「無能な組織」に成り下がるしかなかったのである。

WHOに代わる新しい組織をつくろうとか、組織の改革を推す声があるが、いずれの提案も「感染抑制のために組織をうまく活用しよう」「活用できるように能力を高めよう」という加盟国の政治的意図が伴わなければ、うまくいくはずがない。

現在われわれが直面するのは、WHOという組織の問題ではなく、それを動かすはずの国際社会の機能不全ともいえる状況なのである。

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