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「街から人が消えた…」バルセロナで「ロックダウン」を強いられたジャーナリスト

2020年05月13日 公開
2020年07月09日 更新

宮下洋一(ジャーナリスト)

宮下洋一バルセロナの中心地・ランブラ通りは閑散としていた(筆者撮影)

本稿は月刊誌『Voice』2020年6月号、宮下洋一氏の「【ルポ】バルセロナ『都市封鎖』」より一部抜粋・編集したものです。


2020年5月8日現在、スペインでの新型コロナウイルス感染者は22万2857人、死者は2万6299人を記録している。欧州では、イタリアを超える最多感染者数となり、前代未聞の大惨事に陥っている。マドリードやバルセロナの医療現場は崩壊し、見本市施設を感染者野戦病院にした上、スケート場を遺体安置所として使用した。なぜこの国で、このような事態が発生してしまったのか。日本でも医療崩壊は起こりうるのか。また、日本はスペインの現場から何を学ぶことができるのか。

 

人生初のロックダウン生活

スペインで、新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染者第1号が出たのは、2020年1月31日のことだった。大西洋に浮かぶスペイン領カナリア諸島の住民で、ドイツ旅行からの帰国者だった。

ちょうど、イギリスが欧州連合(EU)離脱「ブレグジット」を果たした日で、人びとはその裏で起こっている重大な出来事の存在に気づいていなかった。「コロナ」という謎のウイルスは、遠いアジアの国々で広がる「風邪」くらいの認識でしかなかったのだ。

当時はまだ、武漢封鎖の動き、ダイヤモンド・プリンセス号内での感染拡大、日本全国の学校休校のニュースは欧州でも報じられていた。だが、まさか数週間後、スペインで1万人以上の命が奪われるとは、誰が想像できただろうか……。

ウイルス感染拡大の恐れから、バルセロナでは、2月24日から4日間、開催予定だった世界最大の携帯見本市が中止となった。感染者がほぼゼロと思われていたなか、スペイン国内では中止の対応に批判の声が殺到した。

だが、いまになって振り返ると、中止は正しかった。もし決行していたら、同市での死者数は、いまごろ、数倍に跳ね上がっていたことだろう。

イタリアで死者が急増し始めた3月上旬、もはや地球の裏側の話ではなくなってきた。私自身も危機感が薄く、スペイン国内を移動し、密閉、密集、密接の「三密」のなかで取材活動を行なっていた。

インフルエンザと同じだ、という考えもあった。イタリア北部では、想像を絶する医療崩壊が始まっていたにもかかわらず、私は、スペインには大した影響を及ぼさないだろう、と高を括っていた。

2月から継続中のアメリカ取材もあった。3月16日には、ヒューストンに飛ぶはずだった。

ところが、出発5日前の夜、トランプ米大統領がテレビ画面に現れ、「イギリスを除く欧州在住者のアメリカ入国を禁ずる」と、耳を疑う発表を行なった。

繰り返しのきかない一か八かの取材で、キャンセルなどできない。ロンドンから出発しようとも考えた。

気がつけばスペインでも、感染者が2950人、死者が84人に増えていた。バルセロナのアパートに待機し、トランプ発言の撤回か訂正を期待していたが、その機会は訪れなかった。

それどころか、14日夜になると、今度はスペインのサンチェス首相が緊急会見を開き、「国家非常事態を宣言する。外出の禁止と国境の閉鎖を命じる」と発表した。

翌朝、米電子渡航認証システム「ESTA(エスタ)」の一時停止メールが届いた。もう無理だった。航空券とホテルのキャンセルを決めた。

スペインは、速やかに国境と都市の封鎖を始めていた。私は、国どころか、バルセロナからも、いやアパートからも出ることができなくなっていた。人生初の「ロックダウン(都市封鎖)生活」が始まったのだ。

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