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安倍政権のコロナ対応は『シン・ゴジラ』と酷似? いまこそアジャイルな仕組みが必要な理由

2020年07月13日 公開
2021年03月09日 更新

安宅和人(慶應義塾大学環境情報学部教授/ヤフー株式会社CSO)

コロナ後の日本を安宅和人氏が語る

《ウィズコロナ以降、われわれはどのようなグランドデザインを構築すればよいのか。15人の識者がウィズコロナの世界を語った『変質する世界 ウィズコロナの経済と社会』において、慶應義塾大学環境情報学部教授でヤフー株式会社CSOの安宅和人氏が、新型コロナウイルスとともにある日本の社会の在り方を提示している。本稿ではその一節を抜粋して紹介する。》

※本稿は「Voice」編集部編『変質する世界』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです

 

組織が硬直化すると、危機対応力が欠如する

――データ時代の日本の再生戦略を書いた著書『シン・ニホン』(NewsPicks Publishing)は、タイトルからも想像できるように、映画『シン・ゴジラ』(2016年、総監督・脚本:庵野秀明)から着想を得たそうですね。この映画でのゴジラへの危機対応は「未曾有の脅威に立ち向かう」という点で、新型コロナ禍と共通します。安倍政権の危機管理をどう評価しますか。

(安宅和人、以下安宅)賛否があるのは確かでしょうが、まさしく『シン・ゴジラ』で描かれた政府の姿と酷似しています。

意外に思われるかもしれませんが、同作に登場する政治家や官僚の能力は、個々人でみれば素晴らしいです。あれほど明瞭かつ迅速に意思決定を行ない、判断の間違いが少ない組織は珍しい。ところが、ほぼエラーを起こさなかったにもかかわらず、ゴジラの攻撃により内閣は一時的にほぼ全滅してしまう。

この映画が示唆していることは何か。それは、現在の社会の仕組みや法制度では、不連続の危機には対処できないということです。

『シン・ゴジラ』に登場する政府の人間は皆、理路整然としていてブリリアントでしたが、それでもゴジラという未知の脅威の前では無力だった。それは、アジャイル(迅速かつ柔軟)に対応できる仕組みやルールが事前に整備されていなかったからです。ゆえに、危機対応を成し遂げることができなかった。

今回の政権の動きもよく似ていると思います。たとえば、未確認生物が東京湾に現れた『シン・ゴジラ』の政府よりもスピードが遅いのは仕方がないにせよ、メディアで批判されているほど安倍政権の対応は悪くない。

問題なのは、現象が起きる前にルールを細部までつくり込んだがゆえに、その都度判断が求められる硬直した仕組みです。これでは危機への対処にどうしても限界があるでしょう。

 

必要なのは属人的な能力ではなく、組織のシステム

――第二次内閣以降の安倍政権は、国家安全保障会議(NSC)や内閣人事局の設置など、迅速な意思決定を行なえるように内閣・官邸主導の仕組みを整備してきました。

(安宅)たしかに安倍政権は、日本の行政システムの弱点を是正しようと取り組んできました。ただし、根本的な構造は変わっていない。いまだにプロシージャ(手続き)が煩雑で多いし、官邸主導の仕組みには個人の強いリーダーシップが求められる。属人的な要素に頼るのではなく、組織としての柔軟性をよりもたせるべきです。

――具体的には、何を変えるべきでしょう。

(安宅)まずは、政策の意思決定システムを、国会で行なわれている揚げ足取り的なものから、タスクフォース型の仕組みにアップデートする。新型コロナへの対応では、たとえば他の先進国で抗体検査の審査が通ったら、日本でも迅速に行なえるようなフレキシブル(柔軟)な仕組みをつくる。

政策判断としては、現在は「有事」であることを前提とし、止血的な有効性と過剰なコストの回避を軸とする。これらのガイドラインの構築が急務です。

――政府とは別に独自のモデルを示した大阪府の吉村洋文知事や東京都の小池百合子知事、北海道の鈴木直道知事の手腕を評価する声も聞かれます。

(安宅)評価すべき部分は多いと思います。ただ僕は、これも必ずしも個人の力量に因るものとは考えていません。あくまでも中央政府と自治体のシステムの差によるものでしょう。

知事や市長など地方自治体の首長は、会社でいえば経営者です。自らがあらゆることを決裁して、なおかつ実行する権限をもっています。しかし、中央政府は規模が大きく、関係省庁との調整も複雑なため、必然的に地方のように迅速な意思決定がしづらい。

これは「戦前の教訓」に因るものではないでしょうか。日本はかつて大政翼賛会による挙国一致体制で道を誤り、だからこそ戦後には、中央政府が権力を行使しにくい仕組みをつくり上げました。GHQの支配下で制定された憲法の影響もあるかもしれません。

いずれにせよ政治家の属人的な能力ではなく、その根底にあるシステムに注目して刷新しなければ、不連続な変化に対応しうる新しい日本をつくることは叶わないのではないかと思います。

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