Voice » 社会・教育 » 苦渋の解雇通告で味わった無力感…本田圭佑氏らとファンドを設立した元CEOの原点

苦渋の解雇通告で味わった無力感…本田圭佑氏らとファンドを設立した元CEOの原点

2020年07月21日 公開
2020年07月27日 更新

溝口勇児(WEIN挑戦者FUNDパートナー)

《プロサッカー選手でありながら、KSK Angel FUNDを運営する挑戦者・本田圭佑氏、ネスレ日本元CEOの高岡浩三氏、そして、FiNC Technologiesの創業者であり、元CEOの溝口勇児氏の3人がパートナーとなり、今年6月に立ち上げたのがWEIN挑戦者FUNDだ。「ウェルビーイング」な世界の実現をめざし、国内スタートアップ向けに投資を行なうという。

パートナーの一人である溝口氏は、AI(人工知能)テクノロジーと、専門家からの指導を組み合わせたヘルスケアアプリ「FiNC」を生み出し、国内最大のシェアを誇るプラットフォームに成長させた。そのFiNCCEOをなぜ退任し、ファンドの設立に至ったのか、溝口氏に想いを聞いた(取材・構成:『Voice』編集部・岩谷菜都美)

※本稿は月刊誌『Voice』2020年8月号より一部抜粋・編集したものです。

 

経営したジムの閉鎖と挑戦

――まず、起業してFiNCを生み出すまでの経緯を教えてください。

【溝口】高校在学中から、アルバイトでジムのトレーナーとして働いていました。複雑な家庭環境で育ったため、奨学金を受け取るための保証人がおらず、大学進学は考えていませんでした。

選択肢として示された職先が、力仕事だけだった。どれも尊い仕事ですが、当時の私にはそう思える度量がありませんでした。そこで高校卒業とともに、当時勤めていたフィットネスクラブを拠点に、トレーナーとしての道を歩み始めます。

大きなチャンスをもらったのは、23歳のとき。行政と合同で新しいフィットネスジムを立ち上げて地域活性化を図るプロジェクトを任されたのです。しかし、5億円もの資金を投じて店舗を立ち上げたにもかかわらず、わずか1年8カ月で閉鎖に追い込まれてしまいます。

会員のなかには、ジムで出会う友人が自分の支えになったり、「ここが生き甲斐だ」といってくださる方が数多くいました。それなのに、彼らの居場所を奪ってしまった。

閉鎖に際しては、また「一緒に頑張ろう!」と一丸となって歩んできた従業員20名をはじめ、契約トレーナーやインストラクター50名一人ひとりと面談をし、全員に解雇を通達しました。いまでも当時のお客様や仲間たちの涙を忘れられません。

「なんとかこの場所を守りたい」と必死の想いで練り上げた再生プランを片手に、何人もの地元の議員や地主を訪れました。支援をお願いできないかと働きかけたものの、話すらまともに聞いてもらえない。悔しさとともに自分の無力さを思い知らされました。

もし、経営者になって力をつければ、いま自分がぶつかっている壁も越えられるのではないか。そう起業を考えはじめた矢先、店舗存続のために駆け回っていた私の姿勢を評価してくれた当時の代表に「本社に戻って、経営不振に陥った子会社の立て直しをお願いできないか」と声をかけてもらいました。

経営改善は困難といわれるなか、幸いにして業績をV字回復を実現します。こうした実績やまだ20代半ばだったことが重なって、フィットネス業界内で「新しい時代を作る若きリーダー」と期待を向けられるようになります。

そのなかで使命感が芽生え、フィットネス・ヘルスケア領域で社会の良好な発展に寄与する事業をつくらなければいけないと考えるようになりました。

――アプリケーション上でヘルスケアを提供しようと思った理由は何でしょうか。

【溝口】均一ではなく、人それぞれの状態や悩みに合わせたメニューを提案する必要性を感じていたからです。パーソナルトレーニングは高額のため、それまでは富裕層しか受けられないものでした。

さらに、既存のヘルスケアアプリは、体重や食事管理、睡眠や歩行記録など、それぞれ一つだけを管理するものばかりで、包括的な健康支援ができていなかった。しかし、人生は一度きりです。

健康を害して残りの生涯を棒に振ることがないようなサポートがしたい。そう考えたとき、個々に最適な健康管理システムをできるだけ安く届ける必要がありました。

そこで、各個人のあらゆるヘルスケアデータを集結させることで、最適なサービスを提供するプラットフォームを生み出した。FiNCを立ち上げて8年が経ち、年齢や性別を問わず多くの人にご利用いただけるようになりました。

もちろんまだ志半ばですが、多面的な観点から考えて、創業期から一緒に歩んできた現代表にCEOの職を譲ることにし、私は次のステップをめざすことにしたのです。

 

勇気をもって生きる人を支援する

――WEIN挑戦者FUNDは、21世紀の課題を「孤独・退屈・不安」としていますが、その理由は?

【溝口】日本は戦後発展を続け、20世紀最大の課題「戦争・飢餓・病気」を世界でもっとも少ない国といわれています。その一方で、鬱病患者や自殺者は減っていない。発展途上国に住まう誰もが羨む成長を遂げたのに孤独や不安や退屈といった感情に苛まれている人もたくさんいる。

これらの最大の原因は、物質的に満たされた結果として、国民一人ひとりの挑戦する気持ちが失われてしまったからだと私たちは考えています。

いままでは、健康を人びとに届ける事業を展開していましたが、次は、「WEIN」の由来でもある「ウェルビーイング」な世界の実現に向けて挑戦する仲間や挑戦を支援してくれる方々とともに新しいイノベーションを成し遂げていこうと決めたのです。

そして、私たちにはある考えがあります。それは「不安や退屈や孤独は、挑戦にかかわることで解消される」ということです。ですから、私たちは人びとから不安・退屈・孤独を解決するための事業を、同じ志をもった起業家とともにつくりあげていきたい。

たくさんの人を巻き込み、挑戦にかかわってもらうことで、不安や退屈や孤独をなくせると信じているのです。そのために、私たちが誰よりも多くの挑戦の場を生み出していきたい、と思うと同時に、自分自身が彼らにとって誰よりも一番の支援者であり続けたいという強い気持ちがあります。

――ファンドの設立にあたり、本田氏や高岡氏とはどういった話をされていたのでしょうか。

【溝口】本田圭佑さんとは昔から、何か一緒にやりたいという話をしていました。互いの共通点は何かと考えたとき、リスクに果敢に挑む「挑戦者」であること、そして、同じように挑戦する人たちを増やしたいという結論に至りました。

彼の言葉で印象に残っているのは、「挑戦する人が増えても、その志や夢が社会に向いていなければ、あまり意味がないよね」というもの。

そこで、社会の課題解決を実現するような事業への投資を行なうことに決めた、という経緯です。こういったわれわれの想いをビジネスの世界で歴戦の雄である高岡さんは賛同してくれました。

まずに「0号ファンド」では、起業家やエンジェル投資家から最大20億程度の出資を集め、その後の「1号ファンド」では、大企業からの出資を募って100億規模をめざしています。

さらに、起業家にとって大きな壁となる、起業後のノウハウ支援や人材確保など、投資だけに留まらない体系的なサポート体制を実現していきます。

――諸外国に比べ、日本はスタートアップ企業の数が圧倒的に少ないといわれていますね。

【溝口】日本においても、熱意ある若者は数多くいます。しかし、それを掬い上げてくれるような場所が少ない。米国と比べた場合の起業率は約半分にとどまり、GDPの差は約4倍ですがスタートアップ起業への投資額は50倍もの差があります。

また、周囲から挑戦を阻害するような言葉を掛けられ、夢をもち続ける人が挫折してしまう状況がある。挑戦して成功した人はもちろん立派ですが、たとえ失敗しても再度挑戦できる土壌をつくりたい。

一方で、自分がやりたいことが明確でない人たちにも、挑戦している人を応援できるような居場所を提供したいと思っています。

――溝口さんは難局に直面した際、どういう信念をもって乗り越えてきたのでしょうか。

【溝口】「勇気をもって生きること」です。勇気とは「怖いと思わないこと」ではく、「怖いと思っても行動する度胸があること」だと考えています。

恐怖を抱くのは人間として当然ですが、その感情に呑み込まれてしまえば、未来は掴めない。怖さを感じてしまう弱さをもちながらも、自分の信念をつねに忘れないことで前に進んでいきました。

たとえば42.195㎞のフルマラソンを走るあいだに、何度も歩きたい、投げ出したいという感情と闘いますよね。そういった苦しみを乗り越えて最後にゴールテープを切るから、大きな感動を得られるわけです。

きっと幸福は副作用みたいなものなのですから、その感情を永続的にもち続けるのは難しい。仮に一時的な幸せを感じたとしても、もって数週間でしょう。人が再び幸福を味わうには、新しい挑戦を続けていく必要があるのです。

そういった意味では、何度も挑戦して辛いことを経験し、それを乗り越えた先に感動がある。しかしまた挑戦を始めると高い壁にぶつかってもがく……。

そうしたスパイラルをどれだけ回し続けたかによって、みえる世界が変わってくるのだと思います。その暁には、仲間が増え、自由を手に入れ、その先に幸せがあって、後悔しない人生になっていくのではないでしょうか。いま抱える苦しみは、感動を味わうための準備なのです。

Voice 購入

2024年5月号

Voice 2024年5月号

発売日:2024年04月06日
価格(税込):880円

×