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イアン・ブレマー氏が語る「リーダー不在の世界に起きる変化」

2020年10月20日 公開
2020年10月20日 更新

イアン・ブレマー(国際政治学者/ユーラシア・グループ創業者兼社長)

「新しいグローバリズム」への期待

――近著『対立の世紀 グローバリズムの破綻』(2018年、日本経済新聞出版)では、グローバリズムは破綻したと書かれています。反グローバリズムや国家主義は、コロナ危機を契機にさらに台頭するのでしょうか。

【ブレマー】 グローバリズムが破綻したのは、それが富裕国のそれもごく一部の人びとを支える政治的イデオロギーだったためです。何十年にもわたり、それ以外の人たちにもチャンスがあるということは一向に確証されなかった。いまやグローバリズムは破綻し、私たちは前に進むべきだということを認めなければなりません。しかし、私はそれがグローバリズムの終焉とは思っていません。私が期待するのは、先進国の少数しかいないエリートのためではない「新しいグローバリズム」です。特別な既得権に縛られず、地球全体のことを大切に思っている世界の中間階級とグローバル市民の利益を反映するものです。彼らは、気候変動問題やサステナビリティ(持続的成長)に関心があります。さらにいえば、十分なスキルをもち合わせていないかもしれない環境にあったとしても、誰もが成功するためのチャンスを与えられることが重要だと思うような人びとです。

――「新しいグローバリズム」を築くには何が必要ですか。

【ブレマー】 経済的、政治的な制度や仕組みを再考し、つくり直すことが必要です。これまでの制度は、米国と西側同盟国が仕切るという環境でつくられてきました。でももはや、それは現状に即していない。米国は覇権国ですが、中国は将来世界一の経済大国になり、そうなればアジア諸国も西側諸国にとってさらに経済的に重要な存在となります。新しい制度は、こうした変わり続ける現実を反映しなくてはなりません。それには犠牲も必要で、私たちにとって重要だったものを投げ出さなければ、今後世界は真っ二つに分断されるでしょう。どんなに金があっても、どんなに先進性があっても、分断された世界で起きる問題に私たちは直面し続けます。

――具体的にはどのような問題が起きるのでしょうか。

【ブレマー】 つまり、私たちがある人びとに対して、「立場が違う」という理由で理解できないし、気にもかけないという態度を続けるかぎり、それは彼らにひどい仕打ちをしているわけです。その相手とは、黒人であるかもしれないし、アジア人、中国人、ロシア人であるかもしれない。いずれにせよ、誰とでも真に融合し、共通の人間性を見出さないかぎり、彼らを抑圧し、犯罪者・悪者扱いし争いを続けていくと思います。

ただし、良いニュースもあります。それは、新型コロナウイルスによって、私たちがそうした類の問題に目を向けるように仕向けられるかもしれない、ということです。コロナ危機は、それほど大きな危機だった可能性があるのです。私がGゼロについて著書を出してから十年超になりますが、そのあいだ私たちはまさしく何もしてきませんでした。通常、人びとが沈滞状態から抜け出すには、ショックとなる危機が必要です。新型コロナウイルスがその役割を果たすかもしれない。

私は、じつのところ楽観主義者です。Gゼロについて著書で書きましたが、今日私たちが置かれている状況は何一つ変わっていません。それでも私は、母が私に与えてくれたものや、自分自身でつかんできた多くのチャンスを考えると、むやみに怒りを感じたり、他人を批判したりできません。感謝する心をもつということ、その思いそのものがありがたいと思っています。

チャンスを見出し、どうしたら事態を改善できるかを考えるのは、私の性格でもあります。でも私は理想主義者ではありません。何もしなければ今後10年間は、多くの人にとって前例がないほど困難な時期になると危惧しています。

――10年後にいまを振り返ると、コロナ危機は、すべての変化の始まりだったといえるのでしょうか。

【ブレマー】 そうです。いま考察を重ねているところですが、コロナ危機を振り返ったとき、私たちはウイルスに社会の構造や制度を変えるように仕向けられたと考えられます。しかし10年後に、未だに北大西洋条約機構(NATO)が存続していたら、あるいは現在のシステムや制度が残っていたら、私たちは「敗北」したといえるでしょう。私はすべての制度を変えようとはいいませんが、現存の制度は基本的に変えるべきです。

 

加速する米中衝突と日本の選択肢

――米中関係は、パンデミックのあいだ、急速に悪化しました。

【ブレマー】 さらに悪化し、いよいよ冷戦へと向かうでしょう。「ハイテク冷戦」とも表現できます。興味深いのは、米中のさらなる衝突が、コロナ危機をうまく仕切れなかったトランプ大統領の選挙戦の只中に起きている点です。トランプ氏は、新型コロナ対策の失敗を誰かのせいにしなくてはならず、その矛先は中国と習近平国家主席が妥当なところです。習近平氏は、危機の初期の対応はよくありませんでしたが、そののちに国内、国外ともにうまく乗り切り、いまでは評価が分かれるところまで巻き返しました。とはいえ、2022年の党大会で三選をめざしていますが、その戦略に確証はない。米中の対立が激化しているのはこうした互いの台所事情があり、大危機の真最中においては「最悪のタイミング」です。なぜならば、対立は経済活動の再開を混乱させ、現在はその最中にあるからです。

――米中関係の悪化と同時に、日本はこの危機のあと国際的にどんな戦略をとったらいいのでしょうか。

【ブレマー】 日本は、先進的工業に支えられる経済大国のなかでは、あまり多くの問題を抱えていません。所得格差は大きくなく、移民社会ではないため反移民感情もありません。(米国のように)経済的に恵まれず、社会的地位もない人びとに頼って戦争をしているわけでもない。そうしたなかで、コロナ危機を受けた大型の緊急経済対策が続いています。また、一般的に日本人は暴徒化したり、デモに積極的に参加したりしません。日本の問題は国内経済ではありません。米軍に軍事面を頼っており、それが膨らむにつれ、世界における日本の位置付けがどうなるかという点です。

また、日本はハイテク面でも米国と同調していますが、他のアジア各国の経済は中国との提携を強めており、日本にとって入り込むチャンスは少なくなります。私がGゼロについて書いた際、日本は(両サイドにうまく軸足を変えて政策を立てていく)「ピボット国家」になれると指摘しました。安倍首相は、インドのモディ首相との関係でうまく対応しましたが、米中が冷戦に向かうなかで、日本ができることはじつのところあまり多くはありません。ドイツともっと協力したり、ハイテクやデータの分野で多国籍が関わる仕組みのなかでリーダーになったりすることはできるかもしれません。

しかし、米中対立の冷戦環境のなか、日本にいいニュースはありません。あなたの問いに対して、即答はできないというのが正直なところです。日本は地政学的に非常に制約された現実への対応を迫られているのですから。今後10年間、国際社会における日本のチャンスや選択肢は、これまでの十年に比べると限定されたものになるでしょう。それはすなわち、米国の影響力がますます大きくなることを意味します。

――コロナ後のGゼロの世界においても、米国の影響力に衰えはないということでしょうか。

【ブレマー】 明確なのは、トランプ大統領がどんな人物であろうと、米国はこの危機を越えてなお世界に対して過大な影響力があるということです。ドルは強く、米国は資源輸出国、食糧輸出国です。また、米ハイテク企業は今後二年間にわたり、以前に増して重要性を増すでしょう。これらの分野において、日本、欧州、カナダなど米国の同盟国は脆弱で、米国なしでは成り立ちません。だからこそ、人びとがトランプ大統領その人を好むと好まざるとにかかわらず、彼は米国大統領であるかぎり過大な影響力をもち続けるのです。習近平氏についても同様ですが、しかし日本や欧州のリーダーにはそうした影響力はありません。

 

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