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今、なぜこれほど「息苦しい」のか…芥川賞作家が感じる“第二次大戦期”の共通点



2020年11月05日 公開

中村文則(作家)

第二次世界大戦中、日本軍の作戦を成功に導いた“悪魔の楽器”と呼ばれる一本のトランペットが存在した。フリージャーナリストである山峰は、ヴェトナム人の恋人との出逢いをきっかけに、その伝説のトランペットを手に入れる。しかし彼はその日を境に、謎の男や宗教組織に追われる「逃亡者」の身となる。

日本やドイツを舞台とした逃走劇と平行し、軍楽隊の一員であった天才トランぺッター鈴木が遺した手記などをもとに、第二次世界大戦と長崎への原爆投下、さらには江戸時代まで遡るキリシタン迫害の光景。壮大な歴史を綿密に織り込み現代までを貫くストーリーが描かれるのは、芥川賞作家・中村文則氏の新作『逃亡者』だ。

あくまでも「フィクション」を描いてきた過去作品から一転、史実を織り込む長編をなぜ生み出そうと考えたのか。そして「リベラル」であろうとする中村氏は、新型コロナウイルスで混乱する社会や、「自国第一主義」が台頭する世界をどう俯瞰しているのか――。【聞き手:編集部(岩谷菜都美)】

※本稿は『Voice』2020年11⽉号より⼀部抜粋・編集したものです。

 

コロナ禍と第二次大戦期は似ている

――中村さんは、いまの日本社会は第二次世界大戦期と似ている、とお話しされています。どういうことでしょうか。

【中村】共通点の一つに、社会の「全体主義化」があります。さらに言えば、「公正世界仮説」的な考えがいき過ぎているところですね。「公正世界仮説」は『逃亡者』で展開した心理学の用語です。

人は基本的に、世界は公平で安全であると信じたい。社会は理不尽なものであらゆる危機に晒されていると自覚すれば、人は不安に襲われてしまうからそう思いたくない。

そのため、正しい行ないは報われ、悪いことをすれば罰せられる安全な社会を望みます。この「公正世界仮説」的な考え方が強くなり過ぎると「被害者批判」に結びつくんです。

社会でなにかの被害が発生する。それが社会のせいだと思うと怖いし、自分にも関係してしまう。だから被害者に対して「あなたに落ち度があったのでは?」と問うようになってしまう。社会の問題が個人に転嫁されてしまう。

つまりこの考えが行き過ぎると、社会をよくしていこうと思う人間の数が減っていくんです。新型コロナウイルスは誰もが感染する危険がありますが、まるで感染した人が悪いかのように批判する人もいる。

芸能人も、感染すると謝罪してしまう。あれはよくない。次第に人びとは自分の感染を隠すようになり、さらに感染が広がる悪循環が生まれる。全体の問題を個人の責任へ還元しようとする傾向において、現在と戦時中は非常に似ています。

軍の戦略が間違っているのに、兵士達のせいに、精神論にされてしまう。戦争そのものが間違っていたのに、それに耐えられない国民が非国民ということになる。

第二次大戦中の日本は、硫黄島やサイパンが陥落し、米国に制空権を握られ、ほぼ全土で大空襲を受けている状況だったのに「日本が負けるはずがない」「神風が起こるはずだ」と、現実を否認して自国の優位を妄信していた。

嫌なこと(日本が敗ける)なんて考えたくないというふうに。今でもそうでしょう。政治や社会に問題があるのに、見ようとせず、日本は大丈夫と思いたい心理がとても強く広がっている。このままいけば、この国は自画自賛しながら滅んでいくのではないでしょうか。

――これだけ情報が溢れる社会で、何が真実なのか、どれが正義なのかをどう見極めればいいでしょうか。

【中村】自分の考えを妄信せず、いつでも変えられるようにしておくことです。一度正しいと信じたものを否定したり、思考を変えたりするのはなかなかハードルの高い作業です。

でも「自分は間違っていたな」と気付いたとき、意固地にならずにすぐ間違いを認める感覚をもつことが大切ではないでしょうか。

大学時代に、印象に残っている講義があります。その講義で「F1はスポーツか否か」について討論をすることがありました。F1をスポーツだと思う人と思わない人に分かれると、先生が「いまF1をスポーツだと“思っている”人は、スポーツだと“思っていない”立場から喋ってください」と言い出した。

びっくりですよね。僕たちは困惑しながらも、自分と真逆の価値観をもつ人の立場に立って、意見を真剣に考えて議論した。すると、だんだん自分と正反対の思想や意見も理解できるようになるし、元々の自分の考えの欠点も見えてくる。いまの我々には、そのように異なる価値観を想像する感覚が必要なのかもしれません。

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