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「地方移住」は理想にすぎない? “東京脱出”が叶わない2つの要因

2020年11月02日 公開
2022年07月04日 更新

曽我謙悟(京都大学大学院法学研究科教授)

 

均衡としての東京一極集中

日本には東京と東京以外という2つの社会がある。この2つの社会が現状からの変化を志向しないのは、地方交付税により地方での公共サービスが維持されていること、労働・福祉政策によって職業の移動のコストが高いこと、そして住宅政策が居住の移動を難しくしていることによる。

公共サービスを保健・医療に代表させるならば、いわば、「医」「職」「住」それぞれに関わる政策のあり方が、東京一極集中の構造的要因なのである。

一極集中の解消は、東京の人々、それ以外の人々のどちらにとっても、より望ましいことであろう。しかし、それが実現しないのは、ゲーム理論でいうところの「鹿狩りゲーム」の状況だからだ。どういうことか、表を用いて整理しよう。

図2 一極集中の現状と是正がもたらす利得

東京の人々、東京以外の人々それぞれが、現状か、それとも是正、つまり東京一極集中を解消しようとするかといった2つの選択肢をもつ。それぞれの選択が生み出す4つの結果における東京の人々の利得をセルの左側の数字、東京以外の人々のそれを右側の数字で示す。

双方が現状を選んでいる状態は、それなりにどちらにとっても満足がいくものであり、東京の人々は五、東京以外の人々は4という利得を得る。しかし、一極集中が解消されれば、東京の人々は過密状態が解消され、東京以外の人々は人口の維持が可能となるので、利得はさらに上がり、東京の人々は9、東京以外の人々は8となる。

しかし、どちらか一方だけが是正に乗り出しても、一極集中は解消しない。しかも一方だけが是正に乗り出すと、乗り出す側の状況は悪化する。たとえば、東京以外の地域が再分配を受けず自立性を高めようとしても、東京から人や企業が移って来ないのでは、東京以外の地域の状態は悪化して、右上のセルにあるように利得は2になる。

このとき、東京は再分配を行なわなくてすむことで、利得は7に上がる。逆に、左下のセルの状態、つまり東京は人や企業の送り出しを図るが、東京以外は再分配の受け取りも続けるならば、東京の状態はより悪化して3に、東京以外の状態は現状よりも良い六となる。

現状よりも一極集中が是正された社会が望ましいとしても、両者が同時に変化する確証がないかぎり、東京もそれ以外も合理的な選択は現状維持であり、これは均衡である。皆にとってより良い状態があっても、現状が均衡である以上、そこから容易には抜け出せない。

別の言い方をすると、つぎのようにも言える。日本には3種類の人々がいる。第1の類型は「地方に住み続ける人」、第2は「東京に住み続ける人」、そして第3の類型が「東京以外から東京に移動する人」である。

裏返せば、「東京から東京以外に移動する人」という第4の類型が存在しないから東京一極集中となる。第3の類型が存在しても、第4の類型も存在すれば、流出入は相殺されるからだ。

にもかかわらず、第3の類型が一極集中の原因だとされ、抑制策が続けられてきた。東京への流入を防ぎ、地元に残れるよう雇用確保が模索されてきた。流動的な第3の類型は目につくからこそ、政策的対応のターゲットとなってきた。

その裏で、第1と第2の類型については、それを強化する政策がとられてきた。企業と居所を固定し、安定化させるのが日本社会の特徴だった。この政策の方向性を決めてきたのは自民党政権であり、一方では一極集中を構造的に支える政策を進めつつ、他方ではその是正のために、国土計画や地方創生を打ち出してきたのである。

矛盾に見えるかもしれないが、双方を追求することは、包括政党である自民党としては自然な選択だ。労働・福祉政策や住宅政策が一極集中に与える影響は外からは見えにくいため、矛盾が可視化される心配はない。

とはいえ、是正策が効果を上げていないことは明白である。これに対する政府の実質的対応は、地域再分配の継続だった。地域再分配の享受者であり続けることにより、地方の不満は抑えられた。

地方交付税は見直しの契機はありつつも、存続し続けた。第1類型と第2類型の共犯関係を支えるのが、地方交付税ともいえるからだ。かくして、東京一極集中は均衡であり続けている。

別の均衡に移るには、システム外部からショックを与えるしかない。それには、新型コロナウイルスだけでは不十分だろう。ここまで述べてきたとおり、地方財政政策、労働・福祉政策、住宅政策によって構造的に埋め込まれた均衡が、東京一極集中だからである。

けれども同時に、新型コロナを契機として、政策対応を変更すれば変化は生じうる。各々の国民が、自分がどこに住み、どこで働き、どの地域社会に貢献していくのかを選びやすくするとともに、それぞれの地域を自立させていき、財政的な再分配の程度を弱めていく。

そうしたグランドデザインと制度設計を政治と行政が担うのであれば、現在とは異なる東京と地方の姿が実現する可能性はある。国土構造は簡単には変わらない。しかし絶対に変えられないものでもないのである。

 

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