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下手な芝居では成り立たない…英国の傑作ミステリーに挑んだ吉田鋼太郎の"覚悟"

2020年12月25日 公開
2021年08月06日 更新

吉田鋼太郎(俳優)

吉田鋼太郎
(カメラマン: 渡部孝弘/ヘアメイク: 小菅孝/スタイリスト: 岡村春輝)

俳優の吉田鋼太郎氏と柿澤勇人氏が挑む『スルース~探偵~』が、2021年1月8日(金)より新国立劇場・小劇場で上演される(~ 24日〈日〉)。

本作は、イギリスの劇作家アントニー・シェーファーの〝最高傑作ミステリー〟との呼び声が高く、世界中で幾度となく上演され、二度にわたり映画化もされた。

不倫をめぐり、二人の男が密室で繰り広げる復讐劇をどう演じるのか。主演の一人である吉田氏に、本作の見どころから新型コロナ禍における舞台の在り方、俳優としての覚悟を聞いた。

※本稿は『Voice』2021年2⽉号(1月10日発売)より⼀部抜粋・編集したものです。

 

欠落した男二人の騙し合い

――吉田さんは本作で演者としてだけではなく、演出も手掛けています。柿澤勇人さんと共演するにあたり、なぜこの作品を選んだのでしょうか。

【吉田】吉田登場人物は僕と柿澤君のみ。ほとんど場面が変わらない密室でひたすら台詞を掛け合って、騙し騙されの心理戦が進んでいく。役者として非常に演じ甲斐のある作品だと感じました。

コロナ禍において、大所帯の舞台ではないという点も、選んだ理由の一つです。

――吉田さんが演じる推理小説家の老人アンドリュー・ワイクのもとに、妻マーガレットの浮気相手であるマイロ・ティンドル(柿澤)が訪れ、「マーガレットと別れてほしい」と告げるシーンから物語は始まります。二人はどういう人物でしょうか。

【吉田】僕の演じるワイクは特権階級の出身で、小説家としても成功を収めている自信家です。いつも自分の世界に閉じこもり、頭の中で推理小説の物語を構築しては喜んでいます。

現実世界も己の創り出した物語と同じゲームだと思っている。そのため人とは相容れず、世間から逸脱した人物です。

一方、柿澤君が演じるティンドルは、イタリアからイギリスへの移民であり、労働者階級出身から成り上がった旅行業者。

彼は自分の出自に対する劣等感を抱きながらも、自分よりひと回り以上も年上の人妻を寝取ったうえに、結婚までしようとしている。

このように二人ともどこか欠落した部分をもっています。仮にこの芝居が社会性のある優れた人物の話であれば、とても退屈でしょうね。どこかネジが外れた二人が対峙し、誰にも知られずに密室で互いを追い込んでいく。

そして、その場面をお客様だけが見ているという気持ち悪さが、この舞台の面白さです。

 

1970年のイギリス作品を選ぶ意味

――最初に原作を読んだときの印象はどうでしたか。

【吉田】『スルース』は1970年にイギリスで発表された作品であり、現在の社会とは乖離があるように感じました。また、イギリス人のワイクとイタリア人のティンドルを通じて、英国人独特の差別主義や階級構造が浮き彫りになります。

日本人には馴染みのないテーマのため、この背景を省くべきかと悩みました。しかしよく考えてみると、日本人のなかにもお金をもっている人ともってない人、立派な仕事に就いて世間認められている人とそうではない人という図式が存在する。

同時に、誰かに対する差別意識や格差だって残っています。ならばこうしたテーマは、『スルース』を上演するうえでむしろ必須だと判断しました。

――物語でワイクとティンドルを最初に動かしたのはマーガレットへの愛でしたが、次第に互いを屈服させることが目的になっていきますね。

【吉田】歴史を振り返ってもわかるように、支配欲は人を破滅の道へと導きます。そもそも、ワイクは本当にマーガレットのことを愛していたのでしょうか。

自分の妄想世界に生きている人物が、はたして人間を愛せるのかという点も、舞台のなかで演じていきたいところです。

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