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「鬼は善でも悪でもない」… 妖怪研究の第一人者が語る『鬼滅の刃』の奥深さ

2021年02月11日 公開
2022年10月20日 更新

小松和彦(国際日本文化研究センター名誉教授・元所長)

『肥後国海中の怪(アマビエの図)』(京都大学附属図書館所蔵)
『肥後国海中の怪(アマビエの図)』(京都大学附属図書館所蔵)

漫画・アニメともに空前の大ヒットを記録している『鬼滅の刃』。妖怪研究の第一人者で、国際日本文化研究センター名誉教授・元所長の小松和彦氏は、同作について「伝統的な鬼退治の物語を基調としつつ、現代的な要素を巧みに盛り込んでいる」と評する。新型コロナ禍の折に列島を沸かせた作品の深淵に迫る。(聞き手:Voice編集部・中西史也)

※本稿は『Voice』2021年3⽉号より⼀部抜粋・編集したものです。

 

『鬼滅の刃』に見出すカタルシス

――小松先生は長年、妖怪やシャーマニズムについて研究し、2012年から20年までは国際日本文化研究センター(日文研)の所長を務めました。新型コロナ禍に直面する現在の社会情勢をどうご覧になりますか。

【小松】科学技術が発達したとはいえ、感染症対策が十分になされていない現状は、江戸時代後期にコレラが流入したときと似ています。当時の人びとは新たなウイルスへの対応に右往左往し、収束を期待しながら「祈り」に頼っていました。

現在の日本ではかつてほど信仰が重視されていない分、人びとはストレスを溜め込んでいる。昨今、疫病退散の妖怪として知られるアマビエや、漫画・アニメともに大ヒットした『鬼滅の刃』が話題となっているのは、それらが日本人にとってカタルシス(精神の浄化)の役割を果たしているからではないでしょうか。

人びとは新型コロナの収束を願いつつ、鬱屈したエネルギーを発散するための拠り所を探しています。

――著書『鬼と日本人』(角川ソフィア文庫)のなかで「鬼は外部にある者に貼り付けられたラベルのようなものであるにとどまらず、過剰な力の象徴」と述べられています。どういうことでしょうか。

【小松】鬼は本来、善でも悪でもなく、巨大なエネルギーの象徴でした。人間にマイナスに働けば恐ろしい事態を招いてしまう半面、制御できればプラスの側面もある両義的な存在です。

たとえば中国の話ですが、『西遊記』の孫悟空は暴れん坊で手のつけられない妖怪だったけれど、三蔵法師がコントロールして自分たちのために利用しています。同様に日本では、陰陽師が使役した式神や修験者が使役した護法童子がこれに相当します。

――「過剰な力」はウイルスにも当てはめられるでしょうか。

【小松】昔は病気が流行ると「疫鬼」と呼ばれたことからも、ウイルスはまさしく鬼のような存在だといえます。疫病の原因は鬼の仕業であって、それを退治すれば病気が治る、と信じられてきた。

興味深いことに、祇園信仰の総本社である八坂神社(京都市)ではもともと、疫病神である牛頭天王を祭っており、病気を鎮めるために始まった儀式が祇園祭です。

かつてであれば、疫病が流行すれば盛大に疫鬼の祭りを執り行なうところですが、昨年の祇園祭は新型コロナの影響で山鉾巡行が中止となってしまった。疫病退散の信仰すら奪われてしまった日本人のカタルシスとして、アマビエや『鬼滅の刃』のブームを捉えることもできるでしょう。

――劇場版が興行収入歴代一位となるなど、社会現象となった『鬼滅の刃』ですが、作品として特筆すべき点をどう見ていますか。

【小松】鬼に関する物語で話題になっているということで、私は昨年の初めにまずアニメを観て、そのあとに漫画を読みました。作品を通して感じたのは、伝統的な鬼退治の物語を基調としつつ、現代的な要素を巧みに盛り込んでいることです。

源頼光が丹波・大江山に住む鬼を打倒する室町時代の御伽草子『酒呑童子』のように、『鬼滅の刃』も、主人公の竈門炭治郎が鬼殺隊に入隊して鬼を倒していく古典的な物語です。

『酒呑童子』では源氏の刀剣、『鬼滅』では日輪刀と、特別な刀で鬼を成敗する設定も共通しています。『鬼滅』は「水の呼吸、壱の型、〇〇」のように技が多彩で、非常にうまく名前がつけられています。相撲でもプロレスでもそうですが、技を細かく名づけるのは日本ならではの繊細さです。

また『鬼滅』において、炭治郎の妹で鬼にされてしまった禰豆子が特殊な力を繰り出す場面があります。これは民俗学でいう「妹の力」であり、禰豆子と炭治郎の関係は「ヒメとヒコ」です。恋愛ではなく兄弟愛を強調している点も同作の特徴だといえます。

さらに炭治郎はもちろん物語の主役ですが、彼を取り巻く鬼殺隊の仲間たちにもたびたびスポットが当たります。『酒呑童子』の頼光四天王(渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武)のように、登場人物皆で力を合わせて敵に立ち向かっていく。展開によって主役以外の“副主人公”を際立たせるのです。『鬼滅』はこうした徒党の系譜も引いています。

――鬼の描かれ方についてはどう見ていますか。

【小松】重要な点ですね。『鬼滅』に登場する鬼はもともと人間であり、両者は紙一重の存在です。作中では、大切な人を失ったあげく闇に堕ちた鬼もおり、敵ながら思わず同情してしまうエピソードが描かれている。

鬼は疫病や大きな力の象徴のような存在ですが、同時に人間も鬼になりうるのです。その表裏一体の関係性にあらためて思いを致す作品でした。

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