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社会主義精神が強く「赤い牧師」といわれたメルケルの父・カスナー



2021年03月31日 公開

川口マーン惠美(作家・ドイツ在住)

川口マーン恵美
ドイツ連邦首相府

「世界で一番影響力のある女性」アンゲラ・メルケル首相。だがドイツではいま、言論の自由が失われつつあるという。彼女が無名だった東西ドイツ時代の状況から、その政治的本質を浮かび上がらせる。

※本稿は、川口マーン惠美 著『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

 

KGBと密接に繋がる組織

メルケルの評伝を読むと、カスナー(注:メルケルの父)のもとには多くの教会幹部が頻繁に出入りしており、活発な政治談議、あるいは作戦会議がなされていたことがわかる。

また、カスナー自身もしょっちゅう、どこかに出かけていた。もちろん、牧師養成に関する出張もあっただろうが、しかし、それだけではなかった。彼は、前述の「キリスト教平和会議」や、「ヴァイセンゼー研究会」の主要メンバーでもあった。

「キリスト教平和会議」というのは、東ヨーロッパの聖職者による国際NGOで、58年にチェコのプラハで設立された。当時、チェコが共産主義の拡大において担になっていた役割は大きく、日本共産党も研修のため、幹部をチェコに派遣したりしている。

「キリスト教平和会議」の主な目的は共産主義運動で、ソ連が資金を提供し、秘密警察KGBとも密接な繋がりがあったとされる。創立のメンバーには平和主義者として知られていた西ドイツの著名な牧師たちも加わっており、彼らは、核兵器廃絶と世界平和を謳いつつ、共産主義の宣伝工作に携わった。

その後、ドイツや日本はもとより、世界中で盛んになった反核・平和運動は、この流れを汲んでいるところが大きい。彼らは国連の経済社会理事会で、オブザーバーの資格まで持っていた。

一方、後者の「ヴァイセンゼー研究会」は、東ドイツのプロテスタントの神学者の勉強会だが、ここにも西ドイツの左派の聖職者が多く加わっていた。設立は同じく1958年。

メンバーの中には、ディートリヒ・ボンヒョッファーの崇拝者が多かったという。ボンヒョッファーは、ヒトラー時代に抵抗運動のために処刑された英雄的な神学者だ。

ただ、この「ヴァイセンゼー研究会」も、東ドイツの秘密警察シュタージの強い影響下にあった。そのメンバーは、平和主義者でありながら同時に社会主義者で、プロテスタント教会は、全世界に張られた共産党の共同戦線にすっぽりと嵌まり込んでいた。

つまり、カスナーも、これらの背景を十二分に知りながらも、ここに入り込むことによって、政府の教会政策にどうにかして自分たちの意志を反映させようと努力していたに違いない。

 

父は「赤い牧師」と呼ばれていた

さて、話を東ドイツに戻すと、この国には形だけの野党はいくつかあった。

しかし、政府に対して真に抵抗の意思を持ち、あるいは、どうにかして政治に実質的な改革を促したいと思っている人たちがいるとすれば、それは野党の政治家ではなく、しばしば聖職者の衣を被った人たちだった。

しかし、そこには、これらの動きを探るため、やはり聖職者の衣を被ったシュタージのスパイも必ずや入り込んでいた。

いわば、東ドイツでは、親政府であろうが、反政府であろうが、政治に参加しようとすれば、シュタージとの共存が必至だった。しかも、皆、誰が本当はどの陣営に属しているのかがわからないという状況の下で活動していたと思われる。カスナー自身は「赤い牧師」と呼ばれていたという。

シュタージは巨大な組織に成長しており、特に、IM(非公式協力者)と呼ばれる情報提供者の数は、最盛期には20万人に及んだと言うから、究極の監視社会だった。

だから、当時、カスナーとともに戦線を張っていた聖職者の仲間のうち、のちにシュタージの協力者であったと判明した人の数は、驚くほど多い。

一例を挙げれば、カスナーの同志とも言われたヴォルフガング・シュヌア。のちにメルケルが政治に関わるようになったとき、深い関わりを持つことになる男だ。

ただ、メルケル自身は学生時代も、自宅で開かれていた会合には関わっていない。のちに、彼女の学友や弟が加わることがあっても、彼女自身は加わらなかった。それは、当時、そこに集っていた人たちの証言でも一致している。父親が、あえて加わらせないようにしていたのかどうか、それはわからない。

彼女はのちに、「この二つのシステムは絶対に統合出来ない。こっちから少し、あっちから少しというのが無理だということは、少し知恵があればわかることだった」と語っている。これが、当時、政治談義に加わらなかった理由であるかどうかは、知る由もない。

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なぜかカスナーの記録が残っていない >



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