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「商品は3年で墓場に送れ」住宅メーカーの一線を走り続ける、大和ハウス工業・創業者の力

2021年03月24日 公開
2022年10月11日 更新

樋口武男(大和ハウス工業 最高顧問)

樋口武男

スピードは「凡事徹底」から生まれる

ただし、優れたアイデアがあるだけでは、事業化には至らない。創業者が重視していたのは、実行段階におけるスピード感である。

「スピードは最大のサービスだ」

私はこの言葉を徹底的に叩き込まれた。必要とされる商品やサービスを、必要とする人に販売して届けることで、初めて企業は世の中のお役に立つことができる。

どれだけ良い製品を開発しても、販売ができなければ社会に貢献はできない。まさに「販売なくして企業なし」であり、その販売力の向上にはスピードが欠かせない。

提供までのスピードをより速められれば、顧客の満足度が高まり、企業の売上高は増える。新幹線の乗車券が普通列車より高くても、私たちが当然のこととして受け入れるのは、スピードという無形のサービスに価値を見出しているからだ。

また、仕事のスピードを速めれば、生産性を高め、資本の回転を速め、時間のムダをなくすことが可能になる。借入金や在庫について回る利息の負担まで軽減され、お金のムダも減らせる。スピードは顧客に利益をもたらすと同時に、企業が発展する原動力になる。

では、この無形のサービスを向上させ続けるために何をすべきか。それは「凡事徹底」である。

決めた納期は守る。常に整理整頓を欠かさない。さまざまな点検も確実に実行する。当たり前のことを着実に実行していくことで、全社的なスピードは向上し、顧客や取引先との約束も果たされ、信頼関係は強固になる。

私自身、リーダーとしてさまざまな改革を進めるうえで常に社員たちに「凡事徹底」を励行させた。

38歳で福岡支店長を命じられ、赤字続きだったこの支店を立て直すべく赴任したときのことだ。電話のベルが何度鳴っても、誰も受話器をとらない。

そこで「電話のベルが鳴ったら一度でとり、『大和ハウス工業福岡支店でございます』と朗らかに応答する」という当たり前のことを社員に徹底させた。すると間もなく、「大和ハウスさんの対応は気持ちがいい」「元気をもらえる」と社外の評判はぐっと良くなった。

顧客の注文には迅速かつ正確に応じる。クレームにも誠意とスピードをもって応える。その積み重ねで「信頼の連鎖」が生まれるのだ。この福岡支店も、顧客からの好感度が上がって次から次へと紹介をいただけるようになり、その他講じた施策も功を奏し、わずか半年で黒字に転換した。

私は55歳のとき、巨額の赤字を抱えた子会社の大和団地の社長を命じられ、再生に挑むこととなった。

そこで、古い組織から新しい組織への脱皮をめざし、社員に向けて「"サナギ"からのスタート」という標語を掲げ、「S=スピーディに、A=明るく、N=逃げず、A=あきらめず、G=ごまかさず、I=言い訳せず」を呼びかけた。

ここでもスピードをキーワードに、凡事徹底させたのである。

結果、社員の頑張りによって2年目には黒字化、就任から7年目には復配を果たすことができた。マンション事業だけで比較すれば、本体の大和ハウス工業の売上を大きく凌駕するに至った。

2001年に大和団地との合併により大和ハウス工業の社長に就任してからも、スピード経営を実現するための改革を手を休めることなく繰り出した。

それまでの事業部制を廃止し、支店長の権限を強化して意思決定を迅速化できる支店制へ転換。能動的に動ける人材を発掘するために「支店長公募制」や「社内FA制」を導入し、人事組織改革も推進した。

創業者に倣い、私も「既成概念からの脱却」を鍵として会社の変革に挑み続けてきたつもりである。

 

現状維持の安全志向が持続的成長を妨げる

私は2020年に会長職を退き、最高顧問の立場になった。創業者から学んだことを、これからも後進へ引き継ぐべく専心努力し続けることが恩返しになると考えている。

石橋信夫の精神は、これから経営を担う多くのビジネスパーソンにも参考になるものと信じている。創業者の言葉には、それだけの普遍性と不変性があるからだ。

世界は今日も変容し続け、その速度はますます速まっている。変化についていくことができなければ、未来は危うい。

頭ではわかっていながら、人間は昨日と同じ行動を今日も続けようとし、挑戦や冒険からわが身を遠ざける。組織の一員ともなればその傾向は一層強まり、自分の保身を第一に考える。この安全志向こそが、企業の持続的成長を妨げる最大の要因である。

いま、必要とされているのは、過去と現在を結んだ延長線上に未来があるという錯覚を、どこかで捨て去る勇気をもつことだ。

創業者は社員たちが現状に安住することを厳しく戒めた。「商品は3年で墓場に送れ」との言葉は、その象徴であろう。この言葉が発せられたのは、ミゼットハウスが大ヒットを記録していた真っ只中である。

人気商品にあぐらをかいたら、すぐ飽きられる。どんな事業も右肩上がりがいつまでも続くわけがない。商品の売れ行きが落ちてから「しまった」と思っても、もう遅い。常に「明日は没落者」の危機意識をもち、"次の次"を見据えて、新たな手を打ち続けることだ。

その際は、次なる生みの苦しみを味わうことになるだろう。しかし、登れない山はないし、渡れない河もない。安易な道よりも、困難な道を選び、不遇なときほど前に打って出る。

危機は革新の好機と心得て、不況時には汗と知恵を振り絞って乗り越える。「どうしてもやるぞ」という積極精神こそが、企業にとって最良の資本である。

われわれを取り巻く経済現象は常に変化し、自然と同様に四季が巡る。ずっと続く不況はないし、終わらない好況もない。企業経営では、晩秋から冬を越え、春になるまでのあいだに、いかに体制を準備するかが重要となる。

ただし、心に留めてほしいのは、次にやってくる春は"新しい春"であり、前年の春とは違う新しい視点や考え方を要求されるということである。

変革と転換を必要とされるそのときこそ、企業も個人も真の実力が試されるだろう。

 

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