Voice » 社会・教育 » 厚労省から“エース級”若手職員が続々と逃げ出す真の理由

厚労省から“エース級”若手職員が続々と逃げ出す真の理由

2021年05月28日 公開

千正康裕(元厚生労働省官僚)

 

政治と官僚の関係

2月にCOCOAのAndroid版で不具合が判明した。昨年9月に発生した不具合は五カ月放置され、改善されなかったという。もちろん、COCOAは感染防止のための重要なツールだし、言い訳はできない。一方で、たんに厚労省を糾弾するだけでは再発防止は困難だ。

先に述べたように、限界まで働いている職員たちが、早くつくれという政治的なプレッシャーのなかで無理なスケジュールでアプリ開発を強いられ、開発後も他の仕事に忙殺されるなか、不具合の改善が後回しになってしまった。

もちろん、アプリ開発に詳しい職員が厚労省にほとんどいないという人材の質の問題もある。

近年、政治主導・官邸主導が強まった結果、プロジェクトを遂行する意思決定だけがトップダウンで降りてきて、マンパワーなどのリソースは補充されず「あとは役所でちゃんとやれ」という構図になっている。このことは実務を着実に進めるうえで大きな問題だ。

基本的に政治家というのは「早くやれ」としか言わないものだ。官邸主導が悪いとか、安倍(晋三)さんや菅(義偉)さんや大臣などの個人の資質の問題ではない。誰が政権をとっても政治的には当然だ。

無党派層の増加、小選挙区制の導入、SNSの普及などにより、政権の支持率と選挙結果が直結するようになり、政権の支持率をつねに高く保っていないと「この総理の下では選挙は戦えない」と与党内からも倒閣運動が起こる構造になっている。

総理や官邸の立場に立てば、国民の関心の高いうちに、わかりやすい政策を急いで打ち出さなければ意味がない。よい政策でも国民の関心が薄れたあとに打ち出したのでは、支持率の向上には繋がらないからだ。

しかし、政治的なアピールを優先して、無理なスケジュールで役所や委託先の民間企業を追い込んでも、結局国民によい支援策は届かない。それでは、国民生活はよくならないし、官僚たちも疲弊するだけで仕事のやりがいも感じられない。

官邸や閣僚は、実務を考慮した合理的なスケジュールを設定し、仕事を増やす場合は、政治主導・官邸主導で質・量ともに業務に見合った人員の配置もセットで行なうことが組織管理として必須だし、それがトップとしての責任だ。それなくしては、他の政策でも他の省庁でも同じようなミスは繰り返されるだろう。

マンパワーを投入して実務を勘案しても、時間がかかるなら、こういうプロセスをちゃんと踏むことにより、結果的に支援策など政策の効果が確実に行き渡ることを、しっかりと国民に説明するべきだ。

 

厚労省の改革と政治のリーダーシップ

厚労省自身としては、組織のガバナンスの強化やリスクマネジメント教育が必要だが、最も必要なことは、役所以外の世界を見ることができない超長時間労働の是正だ。外の世界とつながりたい官僚が多いにもかかわらず、毎日夜中まで働く環境ではそれは叶わない。

ただ、コロナ禍でもあり、組織改革を進める余裕そのものが組織に残っていないと思われる。いまこそ、政治主導・官邸主導の出番だ。再発防止・組織改革のためにも、先述のような省庁間の忙しさの偏りを是正すべきだ。

若手の離職が急増しているが、20代、30代の職員たちは日に日に苦しくなるなかで、転職適齢期のリミットが迫ってくる。

若手が大量離職してしまえば、組織の仕事は回らなくなる。政府全体での抜本的な組織改革・働き方改革のために残された時間は限られている。

さらに、政治的意思決定の際には、実務がちゃんと回るスケジュールになっているか、新しいプロジェクトをやらせるのに、質・量ともに十分なリソースを確保できているかを重視すべきだ。

そして、適切なスケジュールについて国民に理解を求める姿勢も必要だ。厚労省の構造的な問題が是正され、国民からの信頼を取り戻す日が訪れることを切に願っている。

 

Voice 購入

2024年5月号

Voice 2024年5月号

発売日:2024年04月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

若手男性官僚の7人に1人が「数年以内に辞職したい」のはなぜか

松井孝治(慶應義塾大学総合政策学部教授)

意見が違うだけで「売国奴」と罵るユーザー…河野太郎が考えるSNS時代の“礼節”

河野太郎(行政改革担当大臣)&宮田裕章(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授)
×