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いまも覚えているウイグル族の踊り子の言葉…中国留学で受けた衝撃

2021年05月29日 公開
2021年07月09日 更新

安田峰俊(ルポライター)&ハリー杉山(タレント)

安田峰俊,ハリー杉山写真:稲垣徳文

タレントとして活躍中のハリー杉山氏は、英国人ジャーナリスト、ヘンリー・S・ストークス氏を実父にもち、1年間中国に留学した経験をもつ。

新刊『中国vs.世界』(PHP新書)など中国に関する著作を多く発表している安田峰俊氏と、当時の思い出などを語っていただいた。

※本稿は『Voice』2021年6⽉号より⼀部抜粋・編集したものです。

 

アヘン戦争は学ばなかったけれども……

【安田】ハリーさんはロンドン大学東洋アフリカ研究学院で中国語を専攻されたのちに、中国の北京師範大学に1年間留学されていますよね。中国に渡られたのはいつのことですか。

【杉山】2006年、北京オリンピック(2008年夏)へのムードが高まっていた時期です。安田さんは中国に関する著作をこれまでたくさん出されていますから、むしろ僕が中国のことについて、教えてもらうつもりできました(笑)。しかも、かつて父(ヘンリー・S・ストークス氏。元ニューヨーク・タイムズ東京支局長・アジア総支局長)も出たことがある雑誌での対談ですから、とても不思議な感覚です。

【安田】早速伺いたいのですが、ハリーさんがロンドン大学で学んでいた当時、いろいろな留学生が学んでいたと思うんです。そのなかに、もしも香港出身の方がいれば、いまも連絡をとられているでしょうか。

【杉山】僕のまわりには香港からきた留学生はいませんでしたね。中国人であれば、弁護士になった友人とはいまも連絡をとっていますが、彼は自分の国についてあまり話しません。イギリスに留学する中国人は往々にして裕福な家庭の生まれで、国に守られているからこそフラットな一般市民の話はできないのかもしれません。

【安田】無理もないですね。イギリス植民地時代から香港政庁としっかり繋がっていたようなエスタブリッシュメントの子弟は、いまの社会情勢にはタッチしにくい。

【杉山】だと思います。彼らにとっては自分のひと言が世の中に出ることにより、家族に何かしらの影響を与えてしまう可能性がある。僕がメディアの人間であることも、彼があえて何も話さない理由かもしれません。

【安田】せっかくですのでイギリスの教育事情をお聞きします。いま習近平が「中華民族の偉大なる復興」を掲げているのは、かつて中国が負った近現代史のトラウマ、つまりアヘン戦争でイギリスに負けて以来の屈辱が背景にあります。イギリスの学校教育において、アヘン戦争にはじまる過去の中国侵略の歴史は学ぶのでしょうか。

【杉山】僕がイギリスへと渡ったのは11歳のときですが、通常のカリキュラムには入っていませんでした。まず入学したヒル・ハウスは、チャールズ皇太子もOBに名を連ねるロンドンど真ん中の学校でしたが、歴史のレッスンでまず学んだのはテューダー朝について。そしていまだに強く印象に残っているのが、いきなり「南京大虐殺」について教えられたことです。

【安田】アヘン戦争やアロー戦争は習わなかった。しかし南京大虐殺は「必修項目」だったわけですね。

【杉山】そうなんです。日本にいたときには南京大虐殺の「な」の字も知らなかった少年が、次から次へと生々しい情報をインプットさせられたわけです。それから僕は、イギリス人でありながら日本人であるという自分のアイデンティティについて考え始めました。

しかしライブラリーに足を運んでいろいろな本を読んでも、やはり描かれているのはイギリス人からみる日本。パールハーバーやシンガポール進攻など、いずれも一方的な視点でした。いわば勝者の歴史で、「イギリス=正義、日本=悪」という二元論で語られる世界観です。

また、ヒル・ハウスのクラスでは僕が唯一のアジア系でしたから、それはもうイジメにもあうわけです。いま思うと貴重な経験だし、先生だけは「でも日本は第一次世界大戦では同盟国にいたわけで、お前ら、そういう歴史もちゃんと知っているのか」とバランスをとってくれたので、その点では本当に助けてもらいましたね。

 

中国は「56の国家」の集合体

【安田】その後、ハリーさんはウィンチェスター・カレッジというイギリス最古のパブリックスクールで学んだのちに、ロンドン大学に入学して中国語を専攻して中国に留学されます。さきほど日英の歴史観の「正義」のギャップについてお話しいただきましたが、現地では中国人の「正義」に数多く出合ったことと思います。

【杉山】そう。最初は驚きました。タクシーに乗るとよく運転手に「(中国語で)あなたはどこの国の人ですか?」と聞かれて、僕はあるときはイギリス人、あるときは日本人と答えたのですが、すると運転手の反応があからさまに違うわけです。日本人と伝えた瞬間に、無口になる人が多かった。もちろん、過去は過去として気にされない方もいれば、あえてとんでもない運転をする方もいて、そのときには身の危険を感じました。

【安田】ハリーさんが中国に渡る前年の2005年、大規模な反日デモが起きるなど、かなり先鋭的な時期でしたからね。最近では経済発展で余裕が生まれたからか、庶民層はそこまでピリピリしていませんが。

【杉山】試しに韓国人のふりをして乗ったとき、僕が日本人だと気付かずに「シャオリーベン」という言葉を連呼する運転手もいました。「小さな日本」という意味ですから、れっきとした差別表現ですよね。

ただ、イギリスや日本で学ぶだけではわからない中国文化を肌で感じることができました。中国人はやはり、5000年の歴史に対するプライドが強いですね。

【安田】ハリーさんが滞在した北京はとくに強烈です。

【杉山】もう一つ思ったのは、中国とは一つの国ではないということ。つまり、56の民族がそれぞれ異なる国家を形成し、それが集合しているイメージです。

【安田】そもそも中国一国の面積は全ヨーロッパの面積にほぼ匹敵しますからね。深刻な人権問題となっているウイグル問題も、たとえば北京の一般市民には肌感覚の認識はない。あえてたとえれば、パリ市民にコソヴォ問題をどう考えるか聞くようなものですから。

【杉山】情報をコントロールされているので、そもそも何が起きているかを知らない側面もあるでしょう。ただし、いずれにせよ中国はあまりにバラバラで、山を越えれば喋る言葉も違う。「私は」の発音すら北と南では全然違いますから。中国という国を知り尽くすには1年という留学期間はあまりにも不十分でした。

ただ、身一つで中国に渡ったので、本当にいろいろな経験をしましたよ。現地でモデルのアルバイトをしたときには、マイナス20℃の寒空の下で全身にヴァセリンを塗らされて馬と格闘したことも。「なんでこれがファッションなんだ!」と嘆いたものです(苦笑)。

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