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イギリス人の対中感情を一夜にして変えた「ある映像」



2021年06月01日 公開

安田峰俊(ルポライター)&ハリー杉山(タレント)

安田峰俊,ハリー  写真:稲垣徳文

イギリスと中国、そして日本。それぞれの価値観はいかに異なるのか。そしてイギリス人の対中感情は、なぜ2020年に一転したのか――。

『中国vs.世界』(PHP新書)を刊行したばかりの中国ルポライター・安田峰俊氏と、元NYタイムズ東京支局長であるヘンリー・S・ストークス氏を実父にもつタレント・ハリー杉山氏の特別対談。

※本稿は『Voice』2021年6月号より一部抜粋・編集したものです。

 

イギリス人の対中感情が悪化した背景

【安田】そもそもイギリス人は、中国に対してどんな印象を抱いているのでしょうか。

【杉山】どのタイミングを基準にするかで異なりますが、昔であれば、ウエスト(西洋)のなかでいちばんの中国の友は自分たちであるというイメージでした。Pro-Chinese、日本語でいうところの親中国家ですね。

【安田】たしかにイギリスは1950年に中国(中華人民共和国)を承認しています。香港問題が背景にあったにせよ、フランスは60年代、アメリカや日本は70年代のことです。

【杉山】安田さんは2000年代以降の英中関係については、どうご覧になりますか。

【安田】私の新刊『中国vs.世界』(PHP新書)の前書きでも紹介したのですが、アメリカの調査機関ピューリサーチセンターが世界各国の対中感情を発表しているんです。イギリスの項目をみると、伝統的にネガティブよりもポジティブな感情のほうが高かった。しかし、ここ2年くらいで一気に逆転しています。

【杉山】OK。僕のなかでの中国のイメージは圧倒的に父の影響が強いんです。父は中国や韓国について幼いころからいろいろなことを教えてくれて、エネルギーが爆発しそうなくらいの勢いや魅力があると強調していました。そんな話を聞いて、僕は10代のころから尊敬する父のように日中韓を股にかけて働きたいと考えました。だからこそ中国語をロンドン大学で学び、中国に留学もしたのです。

このように、僕も中国にポジティブな感情を抱く一人でした。しかし昨年(2020年)夏、イギリスの空気がガラッと変わりました。

【安田】ジョンソン首相が2027年までの「ファーウェイ排除」を宣言したタイミングですね。

【杉山】彼は首相に就任する際には中国とはhand in hand(手と手を握る)と話していましたが、半年ほどで態度を急旋回させました。僕は、ブレグジットで分断された国民の多くが未来に不安を抱えていることが背景にあるとみています。そんな折に、中国から発生したとされるCOVID-19がパンデミックを引き起こしたわけです。

【安田】中国の透明性のなさが露わになり、世界中から疑念の目が向けられることになります。

【杉山】WHO(世界保健機関)との関係性も取りざたされていますよね。分断された国民を結束させる「共通の敵」がほしかったときに、期せずして中国への疑念や脅威が生まれた。それが、いまのアンチチャイナに繋がっているのではないでしょうか。

【安田】コロナ前の世界を思い返すと、欧米各国は概ね深刻な社会分断に喘いでいました。だからこそ中国をこぞって攻撃したという側面はありそうです。少なくとも「イギリス人」「アメリカ人」という単位での団結を促す効果はありますから。

再びピューリサーチセンターの2020年のデータを紹介すると、とくにイギリスとオーストラリアとカナダ、つまり英連邦諸国やオランダなどは、これまで中国への好感度が過半数だった世論が、パンデミック後はいきなり7~8割が「嫌中」世論に変わっているのです。

【杉山】大きな変化ですね。

【安田】以前の高い好感度は、中国との接点が比較的多かったからかもしれません。とくに大英帝国圏は、香港をつうじて中国を身近に感じていたでしょうから。ただ、おそらく香港問題とコロナでそれが変わった。

 

中国を暴走させる欧米の矛盾

【杉山】少し前、とくにフランスやドイツではアンチイスラムの流れがありましたね。そしていま、アメリカではアンチアジアンが流行ってしまっている。われわれ日本人と韓国人、中国人は東洋人として一括りにされがちですが、これは非常に危険な兆候ですよ。

【安田】いわば黄禍論の復活です。厄介なのが、欧米において、アンチイスラムに対しては移民に寛容なリベラル陣営がストップをかけていましたが、中国は人権問題などリベラルの価値観からも許されないことをたくさんやっているので、歯止めを利かせる勢力が不在です。

【杉山】イギリス国民の意識を歴史的に変えた一つのできごとがあります。昨年7月、BBCが劉暁明駐英大使(当時)をインタビューしました。最初は普通に英中関係を尋ねていましたが、途中でいきなり「大使、こちらのVTRをご覧ください」と新疆ウイグル自治区の収容所の映像をみせた。台本上にはなかった演出のはずで、僕は最高のジャーナリズムだと興奮しました。

【安田】日本のテレビでは絶対にやりませんね。中国では最近「戦狼外交」という言葉のとおり、外交官が高圧的に諸外国に接していくケースが多いのですが、あのときに出演した劉大使はトップクラスに傲慢な態度をとることで知られているんです。

【杉山】インタビュー映像が流れた瞬間、イギリス国民の意識が変わったはずです。それまではCOVID-19にしてもジョンソン政権の対応が批判されていましたが、中国への反発がその数字を飛び越えるようになった。中国が最初から情報をすべて開示していれば世界的なクライシスにはならなかった、というのが現在の一般的な国民感情です。

そしていま、ウイグル問題で中国に制裁をかけていますが、これは天安門事件以来のことです。

【安田】おそらく中国からすれば、自分たちが悪いから制裁されているという考えは欠片もない。むしろ理不尽だと感じているはずです。

そもそも新疆政策があれだけ酷くなったのは、アメリカが9.11のあとに打ち出した「テロとの戦い」に中国が合わせた面があります。欧米に対しては、少し前までお前たちもアンチイスラムだったはずなのに、なぜそれを放り出してアンチチャイナに鞍替えしたんだと憤っているのが本音でしょう。

【杉山】歴史とは勝者がつくるものですが、アメリカはグアンタナモ湾収容所で何をしてきたか、大英帝国の政策でどれだけの人びとの命が失われたかを考えると、それはもう矛盾だらけなわけです。しかし、これが人間というもので、平和とは簡単に獲得できないものだからこそ、声をあげ続けなければいけません。

こんな話を安田さんとしていると、ユートピアって何なのかを考えさせられますね。日本はいまとても平和ですが、それはかつての全共闘時代のエネルギーがないことの裏返しでもある。その事実はマイナスに語られることもありますが、プラスにも働いているのです。

【安田】それぞれに正義があって、何が正しくて何が悪いかなんて誰にもわからないでしょう。中国がパンデミックを抑え込んだのは事実だし。『一九八四』(ジョージ・オーウェル著)の世界でCOVID-19が感染拡大していたらおそらくは抑え込めているはずですから。

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